あなたに微笑む ~サクラ大戦~

 満開の桜の花びらが風にのって、あたしの振り袖の上にしずしずと舞い降りてくる。

 あたし、真宮寺さくらが上野公園の桜の木の下にこうして佇んでいるのは理由(わけ)がある。

心臓の鼓動が高鳴っているのを感じる。顔も熱く、まるで風邪をひいたように意識が朦朧としている。

……あの人が来たとき何を話せばいいんだろう?

 舞台についてかしら?ううん、そんなこと毎日のようにあの人と話している。任務についてはどうかしら?……折角の休暇だし、もっと普通のことを話した方がいいに決まってる。普通のこと……普通……普通……。

 あたしは頭を振った。平常心を保とうとすればするほど、心は散々に乱れる。北辰一刀流で培った精神鍛錬は、万能でないことを知った。

 一陣の強い風が吹きぬける。

 薄桃色の桜吹雪が一斉に舞い踊った。

 その視界の先に、一人の男性がいるのが見えた。

 あたしが待ちわびていたあの人だ。

 あの人の格好は普段と変わらない。短い髪も、白ワイシャツも、深緑のネクタイも、茶色のチョッキも、黒いスラックスも、何も普段と変わらない。

「さくら君、遅れてごめん。それにしても、驚いたよ。朝起きたら部屋のドア下の隙間に手紙が挟まれてて……」

「…………」

「”今日、午前11時、上野公園の桜並木にて待ってます。――真宮寺さくら”って、昨日はモギリと事務処理が大変で、起きたのがさっきだから慌ててここまで来たんだ。今日が休日で本当に良かったよ」

 大神さんの休日を知っていて手紙を渡したのだから、この四回目のデヱトは予定通りのこと。

 それにしても、あたしは顔から火が出そうだった。あまりの恥ずかしさに、このまま大帝国劇場に帰ってしまおうかとさえ思った。相手にそういう経緯を面と向かって話されるのは、自分を客観的に見せられているようで恥ずかしさの極みである。

「いつもと変わらないんですね。大神さんは」

 この大神一郎という大帝国劇場のモギリをしている人は21歳の好青年。

 乙女が勇気を振り絞って誘ったデヱトにのぞむのだから、もう少しデリカシイを彼には感じさせて欲しい。

「ところで、何の用だい?舞台の打ち合わせなら劇場の方がいいと思うけど」

 あたしは凄く腹が立ってきた。それは大神さんに対する八つ当たりなんだけど。

 大神さんは鈍い。花も恥じらう19歳の乙女が逢瀬を願っているその先の意味を察して。

 あたしは桜模様の入った振り袖をわざとらしく大きく振り、袴の裾を勢いよくなびかせてそのまま桜並木を歩き出した。

「さ、さくら君!?……どうしたんだい、ひどく怒ってるみたいだけど。良かったら理由(わけ)を聞かせてくれないか?」

 戸惑いながら大神さんが声を掛けてきた。よりにもよって大神さんが訊ねるその理由(わけ)こそが逢瀬の真意だというのに。胸中のいらいらが益々つのっていく。

「普通」と、あたしは言った。

「……普通?」と大神さんが、オウム返しに呟く。

「大神さんが、あまりにも普通だからです!」

 それは、あたしの本音の一片(ひとひら)。どうして、こんなに気持ちが揺らぐのだろう?心の底では大神さんとこんな風になるのを望んでいないのに。

 あたしと大神さんは一緒に並んで歩きながら、しばらく気まずい雰囲気を味わった。

「二年前、さくら君と初めて会ったのはこの上野公園だった。桜の花びらを見ると、あれからなにも変わってないんじゃないかって感じるよ」

 大神さんはスラックスのポケットに手を突っ込みながら、桜の木を見上げてそう言った。彼の無邪気な横顔を見ていると、さっきまでの感情の嵐が嘘のように鎮まった。

 大神さんの、こういう部分にあたしは惹かれたのだ。思っていることを素直に口から発して、敢えて無防備になる彼の姿に。

 あたしだけじゃなくて、他の花組メンバーだってそうなのだろう。指揮官として、というよりも人間としての魅力を大神さんは持っている。だから、あんなに個性の強い集団の花組を束ねることができるんだと思う。

「……変わらないものなんて、この世にありません。あたしだって大神さんだって、花組だってみんな変わっていきます。この桜だって二年前とは違う別の花びらを散らしているはずです」

 あたしも大神さんに習って、正直に感想を言った。

 

――桜の花が散るのが、物悲しいと感じるようになったのはいつからだろう?

 

 子供の頃、桜が散るのを見て陽気にはしゃいでいたあたしはもう居ない。

「さくら君、それは違うよ。何故なら――」

 突風が巻き起こり、そのせいで大神さんの言葉は途中で遮られてしまう。

 地面に落ちていた桜の花びらまで青空に向かって昇っていく。それは幻想的な光景で、まるで花びらが天に還るようにも見えた。

「……今のは凄い風だったね」

 大神さんはそう言いながら、あたしの振り袖の肩や髪の毛についた桜の花びらを払い落としてくれた。彼の指があたしの身体に触れただけでくすぐったくなるのを我慢した。

「あ、大神さんも……」

 あたしも彼の服に付いた花びらを払った。あたしと同じで、大神さんも何だかくすぐったいみたい。

 大神さんとあたしは二人でくすくすと笑い合った。互いにくすぐったいのを我慢していたのがわかったからだ。

「大神さん、腕を組んでいいですか?」

 笑ったせいか随分と楽になった。意地を張らず肩の力を抜いて、大神さんに思い切って頼んでみた。

 大神さんの顔がみるみる赤くなっていく。いくら鈍い彼でも、ここまではっきり言われると照れるみたい。

 こうして彼と腕を組むのは初めてのこと。

 純粋な少年のように顔を赤くして、あたしと腕を絡ませる。不思議なもので、相手が恥ずかるほど自分は大胆になっていく。

 振り袖越しに柔らかい胸の感触を彼の腕に伝える。もちろんわざと。あたしはそんなこと知らない素振りで大神さんの顔色を窺う。

「さくら君……その……」

 大神さんはしどろもどろになりながら、腕の位置をずらそうとする。それに合わせて胸の位置を移動させる。

「こういうの嫌いですか?」

 あたしは凄く大神さんを困らせてしまっているようなので腕を組むのをやめた。

「いや、そうじゃなくて……こういうこと、やめてくれないか……」

 苦笑しながら呟く大神さんを見て、心がずきりと痛くなった。女性として見てもらおうと必死になっていた浅ましさが、この期におよんで酷く自分らしくないと感じたからだ。彼が言おうとしていることは、つまりそういうことなのかもしれない。

「……ごめんなさい。あ、あたし、花組のみんなに買い物を頼まれててたのを思い出しました。これで失礼します!」

 あたしは踵を返して、その場から去った。――いや、その場から逃げたのだ。

「さくら君!?」

 大神さんの呼び止める声など耳に入らない。

 自分は何をやっているのだろう?

 わざわざ、デヱトに大神さんを誘い、挙げ句の果てに途中ですっぽかすなんて。

 自分はひどく淫らな女だと大神さんに思われてしまったはずだ。男をたぶらかし、誰にでもあんなことをすると彼に嫌われた。

 あたしは行くあてもなく町中を彷徨った。いつもは陽気な街角も、暗澹たる気分ではくすんで見える。

 骨董屋のショーウィンドウガラスに映ったあたしの顔は、大帝国劇場のスタアなどとは程遠く、いつもの輝きなど微塵もない。

 そこに映っているのは自分の感情の抑えが利かない小娘でしかなく、好きな人を困らせてしまう只の我が儘女。

――気付くと日は傾き、夕焼け空になっていた。

 あたしは再び上野公園に足を向ける。

 相変わらず桜が散っている。その光景は昼間とは違い、とても残酷なものに映った。失った物は絶対に戻ることはない。それは桜を見上げていた大神さんと話したとき同様、変わらぬ考え方だった。デヱトをすっぽかしたあたしと大神さんがこの桜並木を一緒に歩くことはもう無い。

 そう脳裡をよぎっただけで、俯いているあたしの頬を熱い滴がつたっていく。明日から大帝国劇場でどんな顔をして彼と会えばいいのだろう。

 今まで積み上げてきた大神さんとの関係が一瞬で崩れてしまった喪失感に涙が溢れる。

 何故、もっと自然に彼とつきあえなかったのだろうか。

……あたしはその答えを既に知っている。

 他の花組メンバーに彼を取られたくなかったというのが本音。だからいつも気が気ではない。あたし以外にも綺麗な人は大帝国劇場にたくさんいる。そういう環境では一刻も早く契りを結びたかった。今日は特別な意気込みでデヱトを計画したのだ。しかし、それが裏目に出た。気持ちが空回りしたあたしは、彼の気持ちを確かめぬまま強引に誘ってしまったのだ。

 情緒不安定なのだろう。あたしは一日で笑ったり泣いたりと表情が目まぐるしく変わる。

 それもこれも、恋煩いのせいなのかしら。

 自覚したところでもう遅い。その恋はあたしの思いこみの強さのせいで終わって――

「探したよ、さくら君」

 凄く聞き覚えのある声。はっとして、あたしは後ろを振り返った。

「……大神……さん……!」

 あたしは咄嗟にまた逃げようとした。

「待つんだ……さくら君……!!」

 背後からあたしは強く抱きしめられた。

 袴の帯と胸もとをがっしりと二本の腕で抱きすくめられ、逃げることはできないと観念した。

「今日の君、ちょっと変だぞ!?水くさいじゃないか。悩みがあるなら俺に言ってくれ!」

 大神さんの吐息を耳元で感じた。こんなに間近で彼の声を聞いたのは初めて。

「あ、あ、あたし……大神さんのこと、好きなんです!」

 あたしは人気のない夜桜の降る公園内で思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 今までデヱトを四回ほどしてきたが、それは大神さんにとって隊員との交流程度のものとして扱われているのだろう。

 もう、限界だった。

 自分の気持ちをぶつけなければ、その感情の圧力で心がどうにかなってしまいそう。

 あたしはそのまま言葉を続けた。

「大神さんが他の女性と話してるだけで嫉妬してしまうんです!大神さんの瞳にあたし以外の女性が映っただけで、心が張り裂けそうになるんです!」

 自分の感情をどうしていいかわからなくて泣きじゃくっていた。それが当然だとでもいうように。

 女々しく涙を見せるのは嫌いなはずなのに涙腺が自分のいうことをきいてくれなかった。

 大神さんは何度もあたしの頭を撫でてくれる。あたしは泣きながらくすぐったくて笑みを浮かべた。

 きっと妙な表情になっているだろうから誤魔化すために大神さんの胸の中に正面から飛び込んだ。男の人の胸板がこんなに温かいなんて知らなかった。

 頭の後ろを赤リボンで結った髪を櫛ですくように大神さんは丁寧に触れる。

 大神さんの腕の中であたしは震えた。この瞬間を切り取って、永遠のものにしたいとさえ思った。

「さくら君、気分は落ち着いたかい?」

 彼の優しく気遣う声。

 言いたいことを叫んだため、胸のつかえが全て取れていた。

「はい。……取り乱してすいませんでした。さっきの言葉は忘れてください。あたし、大神さんにそのことを伝えたいだけだったんです。だから、片思いでもいいかなって。隊員と指揮官の恋なんて、規律を乱すだけだし……」

 恋の結果には期待していなかった。ただただ、その想いを相手に知ってもらいたいだけ。

 顔を上げたあたしの唇に柔らかい感触。

「…………!!」

 あたしの瞳一杯に大神さんの顔が映っている。

――初めて口付けされた。

 突然過ぎて息をすることもできなかった。

 一度、離れた大神さんの唇が再度、あたしに押しつけられる。

 連続的に唇を奪われながら、「俺も君のことが好きだ」という小さい声がした。

 大神さんの声だった。

 彼の唾液まみれの舌があたしの唇を吸う。そして、少しだけ開いた唇の隙間から舌をぬるりと入れられた。

「え、えふっ……ッ……ふぁああ……お、おお……かみはあぁン……ん……」

 あたしは唇の端から唾液の滴をしたたらせ、瞳がとろんとしてきた。彼の舌は柔らかく、歯茎や上顎の凹凸までまんべんなく舐めまわされてしまう。

 立て続けに口づけされて腰砕けになり、身体をよろめかせてしまうが大神さんの腕が支えてくれた。

「大神さん……あたし、あたし……」

 口づけが止んでから、あたしは彼の首に両腕を巻き付けて抱きついた。

「君がそんなにも想っていてくれたなんて。昼間は嫌われてしまったかと勘違いしてしまったよ」

「あれは、あたしがいけないんです。大神さんの気持ちも確かめなくて……それで……」

 大神さんはあたしも言葉にじっと耳を傾けている。

「……俺の気持ちもはっきりさせたい。今夜、さくら君の部屋に行っていいかな?」

「…………」

 あたしは押し黙った。この感情をどう説明したらいいのかしら。

 嬉しさと、不安が胸中でせめぎあっている。夢にまで見たシーンなのに、いざ、自分がその場に出くわすと言葉を失ってしまう。

 しかし、あたしが答える科白は決まっており、想像の中での舞台稽古で何度もその科白を大神さんに言ってきた。

「……はい、喜んで」

 それがあたしの言うべき科白だった。そして、年頃の乙女の寝室へ、夜に男性を迎え入れるという行為がどういうことかもわかっている。

「これ以上遅くなると花組のみんなも心配する」

「そうですね」

 大神さんは初めてあたしの手を力強く握る。

 あたしは彼の温もりを感じつつ、大帝国劇場の帰路についた。

 

 

 大帝国劇場に帰ったあたしは地下にある浴室へ足を向けた。

 身体を荒い、束ねた髪をまとめて結い上げて、湯船につかりながら放心したように大浴場の高い天井を見上げる。

 二時間前の出来事が脳内の銀幕に映し出された。

 大神さんの唇とあたしの唇が重なり合い、舌まで潜り込んでくる場面が何度も繰り返される。

 あたしは無意識のうちにあの感触を求めて小指で唇をなぞっていた。

「…………」

 顔を真っ赤にして、その様子を他の人に見られていないか辺りをきょきょろする。

 自分がとんでもなく破廉恥な女のような気がして、恥ずかしさのあまり顔半分を湯に沈めた。

――今夜はそんなことよりも、ずっと恥ずかしいことが待っているんだわ。

 それは”契り”であり、男女の交わり。

 その場面を想像してみたけど、あまりの淫猥さにあたしは両手で湯船をばしゃばしゃと叩いた。

 このままだと湯ではなく、自分の妄想でのぼせてしまいそう!

(しっかりしないと……!)

 ここまで来て、もう後戻りはできないのだから。

 

 

 あたしは袴姿で自分の部屋のベッドに腰掛けた。

 時計の針に視線を移すと、そろそろ大神さんが夜の見回りをする時刻。

 自分の気持ちが昂揚してきているので、窓のカーテンを締めたり、鏡台で頭を結っている赤いリボンの位置を調節したりして、普段の落ち着きを取り戻そうと努力する。

 このままでは昼間のときと同じになってしまう。今夜だけはミスは赦されない。初めてで怖いからやっぱりやめます、などという言い訳は通用しない。もし、そんなことを言えば今後、大神さんはきっとあたしと絶対に距離を置くだろう。

 

――こんこん。

 

 部屋のドアをノックする堅い音が鳴った。

……来た。

 大神さんだ。

 あたしはベッドから立ち上がり、部屋のドアを開けた。

 廊下には大神さんがいた。

「大神さん、いつも見回りご苦労様です!」

 あたしの声は平静を装うのに失敗して裏返っていたかもしれない。すべて大神さんから予告されていたことなのに、どうしても本心を隠せずに粗が出てしまう。

「今日も帝劇内は異常なかったよ。部屋の中に入って良いかな?」

 大神さんの表情もどことなく緊張している。彼が花組に入隊してきて間もない頃を思い出して、あたしはちょっとだけ懐かしくなった。

「どうぞ」

 あたしはドアから顔だけ出して、廊下に人影がないことを確認して大神さんを部屋に迎え入れた。

”女の子の部屋に入るのは初めてだから新鮮だよ”

”さくら君は舞台劇の脚本をこの部屋で身振り手振り練習するのかな?”

”花組の公演後にファンレターをいつもたくさんもらう”

……大神さんはそんなとりとめのない話題を続けた。あたしは頭の中がパニックで、どの話題にどのように答えたかすぐ忘れてしまう。

 会話が止まり、前触れもなくいきなりだった。

 袴の上に乗せたあたしの手をぎゅっと握られた。

 そのまま唇を何度もついばまれ、互いの唾液を飽きもせず飲み干していく。

 気付けば、大神さんの手があたしの振り袖の合わせ目から、胸元に差し込まれていた。

「さくら君、どういう気分だい?」

 大神さんの息の荒い声。後ろから振り袖の中の胸をまさぐられながら、うなじから首筋を舌で念入りに舐められる。

「……そんなこと……わ、わかりません……ひあッ!?」

 その言葉は嘘だった。あたしの胸の頂点はぷっくりと盛り上がり、痛いほどしこってきているのが自覚できた。あたしは大神さんの手で淫らに感じていた。

――袴を乱暴に脱がされた。

 大神さんは袴の脱がせ方を知らないみたいだった。男の人のさり気ない粗暴さが、あたしの劣情に蒼白い炎を灯す。それは自分が女性という雌だからかもしれない。力ずくで組み敷かれたいという昏い欲望が心のどこかにあるのだろう。

 しかし、大神さんが荒々しかったのはそこまでだった。

「だ、だ、だめです!そんなところ……そんなところ汚いです!……うあぅ……んひっ!」

「さくら君に汚いところなんてないよ」

 あたしの濡れそぼる股間を大神さんは優しく舌で愛撫した。恥毛さえも一本一本執拗に舐められ、丹念にそこを味わい尽くされた。

 大神さんがスラックスのベルトをゆるめる。そして、屹立した男性器を初めてあたしは目にした。

「さくら君……いいかい?力を抜いて……」

 あたしは仰向けのまま、大神さんの身体が股の間に入ってきた。そして、淫蜜を流す縦筋にそれをあてがった。

 真上にある大神さんの顔を恥ずかしくて直視できず、横にある部屋の壁の方を向いてしまう。

 そして激痛。

「……い、痛いッ!?」

「大丈夫かい?」

「……気にしないで……このまま続けてください」

 あたしは弱々しくこたえた。今まで経験したことのない痛みが全身を奔る。

 そこから、あたしの意識は曖昧になっていく。

「大神さん!」と幾度も叫びながら、彼の身体に処女を散らされた痛みでしがみついていたのは確かだ。

「さくら君、出すよ!」

「……今夜は大丈夫ですから……膣内(なか)で……出してくださいッ!!」

 息も絶えだえで、そう叫んだのも朧気ながら覚えている。しかし、事の細部は順を追って辿ることが出来ない。

 唯一、はっきりと覚えているのは、振り袖と袴を艶やかに半裸にされ、破瓜で赤いものが混じる白濁した精液が、自分の股ぐらから染み出している場面だった。

 こうしてあたしと大神さんは初めての契りを結んだ。

 行為の後、大神さんと口づけして、次のデヱトの日取りを決めた。

――時計の針は、すでに深夜を指していた。

 

 

 あたしは乱れた振り袖と袴を着直して、サロンへ紅茶を飲みに行こうとした。

 寝ようと思っても悶々として寝付けない。

 それはそうだ。好きな男性に操を捧げたばかりである。瞼を閉じても彼の激しい息づかいや、破瓜した痛みが甦ってきて、睡魔など吹き飛んでしまう。

 廊下を進んでいくと、突き当たりの書庫から明かりがもれている。

 誰かいるのかしら?

 あたしは書庫の中を覗き込んだ。

「……あら、さくら。こんな時間に珍しいわね」

 そこにいたのは書庫の椅子に腰掛けるマリアさんだった。

「ごめんなさい。読書の邪魔しちゃったみたいで」

「いいのよ。いずれ話そうと思っていたこともあるし。……そこに座りなさい」

 マリアさんは読んでいた分厚い本をテーブルの上で閉じた。あたしは彼女の正面にある椅子に座る。

「わたしが隊長と会って二年。片腕のつもりで、花組を指揮してきたわ」

 彼女は語り始める。その声には、自分の過去を遡るような印象があった。

「だけど、わたしが絶対に補えないものが隊長にはあるの。なんだと思う?」

 マリアさんの金髪の合間からのぞく瞳があたしを見つめている。

 いつものことだけど、マリアさんは素敵な女性だ。男装の麗人という役柄を演じるには十分な美貌と精神の強さを秘めた人である。

 その彼女に問われて、あたしは考えたが答えは見つからなかった。

「……わかりません」

「わたしが隊長に補えないのは、恋愛としての対象ということ。確かに隊長はわたしを必要としてくれている。けれども、それは花組全体としてのこと。大神一郎という個人は心の奥底では、さくら……あなたを必要としているのよ」

 あたしはマリアさんの言葉を聞いてどきりとした。彼女は大神さんのことを知りすぎるくらいに知っていた。

「…………」

 あたしは何と言っていいかわからなかった。大神さんとのことは、遊びで済まされない仲にまでなっている。

「あなたは嘘が下手ね。知っているわよ、今夜なにがあったのか。廊下で隊長が、あなたの部屋に入っていく後ろ姿を偶然見たの」

 大神さんが部屋に入るときに人がいないか確認したのに……。マリアさんは、その前から様子を見られていたのかもしれない。

「それを咎める気はないのよ。むしろ、一つ屋根の下に男女が住んでいて、両想いの恋人同士が何もしないことの方がおかしいわ」

 彼女は大人びた笑みを浮かべた。

「マリアさん、実は今夜大神さんと……」

 あたしは耐えきれずに今夜のことを言おうと思った。

 しかし、彼女は人差し指を一本、あたしの口の前に立ててそれを制した。

「何度も言うけど、それは悪いことではないわ。ただ、服務規程や隊長の立場というのがあるのも忘れないで。なるべく、バレないようにしなさい。上官と部下の恋は、そうした方が激しく燃え上がるものよ?」

 マリアさんの頬が微かに赤くなったのがあたしにもわかった。

「部屋に帰ったら首筋を見てみなさい。隊長の口付けのあとがついてるから、これから気を付けるのよ。……いえ、これはわたしの錯覚だったわ。満開だった桜の花びらが、たまたま首筋に残っていただけのようね」

 マリアさんはそう言うと本を元の棚に返して書庫から出ていった。

――あたしは彼女に見逃してもらったのだ。

(ありがとう……マリアさん……)

 心の中であたしは何度も礼を言った。

 

 

 

 

「桜……ほとんど散ってしまったようだね」

 デヱトに来た上野公園で大神さんは呟いた。

 あれからあたしと大神さんは何度も求め愛し合った。花組の中で、この交際を知っているのはマリアさんだけ。他のメンバーはこのことを知らないが、いつか言わなくてはいけない時が来るのだろう。

「はい。桜の散り際は綺麗ですけど、すぐにそれは終わってしまいますから」

 あたしはほとんど花びらの残っていない桜の枝を眺めて言った。

……そして、ある事を思い出した。

 以前ここへ来たときに、大神さんは桜の花を見て何かを言おうとしていたはずだ。

 しかし桜吹雪とともに、大神さんの言葉は風にさらわれてしまった。

 あのとき、大神さんはあたしに何を言おうとしていたのだろうか?

「大神さんはあのとき、この場所でなにを言おうとしていたんですか?」

「あのとき?ああ、前のデヱトのときのことだね。君は桜の花を見て、変わらないものなど無いと言った。だけど、俺はそう思わないんだ……」

 大神さんのことを見つめながら、次の言葉を静かに待った。

「少なくとも、俺の君に対する気持ちは変わらない。二年だろうが、十年だろうが、百年だろうが、この桜の木が枯れ果てたとしても、きっと変わらない」

 彼はあたしを見つめ返して言った。あたしは大神さんの言葉に感激して瞳が潤んだ。

 その瞬間、あたしは桜の花が再び咲き誇るのが待ち遠しいと感じた。

 桜の花びらが散ったとしても、これからはきっと寂しくはないだろう。

 何故なら、あたし自身が彼だけに咲きほこる桜になったのだから。

 大神さんは桜の木の下であたしにそっと口づけした。

 

――桜の花言葉は『あなたに微笑む』。

 

 あたしも、大神さんにだけ永遠に微笑みかけていきたいと、頬を伝う嬉しい涙にかけて誓った。

 

 

 

”It smile at you” all over.

 

(了)

亭主後述・・・

寄合所でお馴染み、霧下悠さんに寄贈作を頂きました。サクラ大戦から、真宮寺さくらの初めての契りです。

初々しいさくらが萌えでありますが、実は凛としたマリアにも萌えなのでありますよ。

ご本人の弁ですが以下の通り。

 

ようやくサクラ大戦の二次創作が書き上がりました。

時期的に丁度良いのでさくらをメインに据えました。

劇中でマリアが出てきますが、サクラワールドの時系列として有り得ないのが失敗でしょうか。(滝汗)

私としてはいくつか初めての試みがあります。

それは、一人称で書き通すこと。和姦であること。処女喪失シーンを入れること。

 

これらは私がやったことないので新鮮でもあり、難しいことでもありました。

汚れ無き乙女の心情というのがわからないので、自分の経験やら、少女漫画やら、マリみてやら、色々な物を参考にしました。

本当はもっとエロに徹した展開を考えていたのですが、そうなるとかなり長くなってしまうので泣く泣くプロットを練り直しました。

……だそうです。一人称は初めて?

いえいえ、ご謙遜。お上手ですよ。皆様も寄合所にご感想をお願いします。

 

なお、私の判断で行の頭を空けました。霧下さん、ありがとうございました。