ニューホンコンの夜、或いは昼顔の女の物語 ~機動戦士ガンダムZZ~

 

 路地裏からは、腐り掛けの果実のような匂いとニワトリの匂いが混じったようなイヤな匂いがしている。

 どうやら道に迷ったらしい。もう慣れたと思っていても、この複雑怪奇な街は何度となく私を迷わすのだ。

「えっと」

 携帯端末を取り出して眺めたものの、電波状態がよくない。あいにく私の位置は、画面には表示されなかった。

 これも地上におけるミノフスキー粒子の影響なのだろうか。

 

 気を取り直して元の四つ角に戻って、違う角を曲がってみた。

 もう夕闇が迫りつつあり、そろそろネオンに光が灯っている。怪しげな動物の剥製を展示している店の前を通り掛かり、ようやく見覚えのある場所に戻っていた。

 と、目の前を男女の一団が通り過ぎていく。

 正確には男が四人、男といってもまだ十代の半ばか、それよりちょっと上の年頃の少年達だ。東洋系と金髪の白人系が二人づつ。

 そして女が一人だ。女は二十代半ばから後半だった。

「ス、ステファニーさん?」

 と、声を掛けそうになって止めた。

 何故なら、男の子達は一斉にステファニーさんを取り囲み、彼女は彼女で集団の中で風を切って歩いているからだった。

 まるで男の子達をペットよろしく引き連れて歩く、飼い主である。

 しかもその顔はとろけそうだった。主人が、可愛いペットにまとわりつかれて悦んでいる、そんな感じだった。

 何だか悪いものを見てしまったような気分になり、足早にその場を立ち去ろうとすると、

「あら、ミライ、ミライ・ノアさんでは?」

 と話し掛けられていた。やっぱり、ステファニーさんは気がついていたのだ。

「こ、こんばんは、ステファニー・ルオさん」

 私の顔を引きつっていたに違いない。

 ゴージャスな強烈な香水の匂いをプンプンさせて、ホンコンの夜の女王が私の手を取った。

「よかったら、これから飲みにいきませんか、ヒック」

 ステファニーさんは、いささかお酒を飲みすぎのようである。それに取り巻き連中が、確かに美形揃いではあるけれど何だかおっかなくて私は首を振った。

「せっかくですけど、子供が待っているから。ごめんなさい」

 ステファニーさんの目が険しくなった。ホンコンの実の支配者の言うことが聞けないのか、そんな気配さえ見せた。

 だけどそれも一瞬のこと。

「残念。一度お酒を一緒に飲みたかったわ」

「私もよ」

 つい心にもないことを言ってしまった。

「そう、なら今度お誘いしてもよろしいかしら」

「ええ、是非」

 とまた調子のいいことを言うと、

「お前達、今度こちらのご夫人と会食することにしました。約束しましたからお前達もそのつもりでいるように」

 美少年達は一斉に返事をした。

「ではまた、ノア夫人。お子様達にどうぞよろしく」

「ステファニーさんもあんまり飲み過ぎないように」

 ホホホと大きな声で笑って、ステファニー・ルオは、彼女に従う下僕達とともに歩き出した。

 私は怪しげな一団が消えるまでずっと見送っていた。

 

 家に戻ると不安そうな子供達が抱きついてきた。

「ママ、遅かったね」

 ハサウェイの頭を撫でてやり、

「ごめんね、道に迷っちゃってね」

「お腹すいたよ~」

 半ベソ状態なのが娘のチェーミンだった。

 手早くありあわせのもので子供達には遅い夕食を作ってやり、飢えたヒナ達の食欲を満たしてやった。

 その後はお風呂。給水事情の悪いニューホンコンだったが、今晩は珍しくお湯が出た。子供達を清潔にすることが、私のストレス発散になった。

 お休みのキスをして寝かしつけた後、ようやく自分の時間が持てることになるのだ。

 

 良人の写真を見た。

 チェーミンの誕生記念に官舎で撮影したスナップである。私を挟んで赤ん坊を抱いた良人と兄になって嬉しい顔のハサウェイが笑顔を浮かべていた。

 良人がエゥーゴに加担したため、慌てて彼の指示に従ってホンコンへ脱出した際も手放さなかった、お気に入りの一枚だ。

「ブライト……」

 主人は、エゥーゴに加わって再び戦艦のキャプテンの職に就いた。そうしてティターンズをどうにか倒した後も、次なる敵のネオジオンと戦うために宇宙にいる。

 

 私を置いて。重力の井戸の底に私を置き去りにして。

 

 違う、判っている。

 良人は理想のために、地球圏のために戦ってるって判ってる。

 

 でも。でも。

 

 私は、かつてアムロにお熱をあげていた生意気な小娘に言った。

「急いではダメよ。人と人の関係なんて同じよ。時間をかけてゆっくりと分かっていくものよ」

 あれは自分に言い聞かせた言葉ではなかったか。

 

 地上に残った自分に言い聞かせた言葉では……

 

「あん、ブライトォォォ」

 声が洩れたことに気づいて、顔が赤くなった。

 耳を澄ましても子供達の起きている気配はなく、続けようと思った。

 私をこんな地の果てに放り出した主人のことを呪い、想い、慕い、ひたすらに指で身体を弄った。

 何も判らなかった初夜のことを、ただ痛いだけの行為、でも終わってみれば愛しさが増したあの夜のことを思い出して。

 

「スレッガーのことは……い、いや何でもない」

 そう言って背中を向けようとした良人に対して、

「またそんなこと言って。ね、もっと次は優しくして」

 と、私はねだった。一度、肌を合わせてしまえば怖くはない。

 それに、今更ソロモンで散ったスレッガーが何だというのだ。彼から貰った指輪は、とっくに弔いの時に返していた。

 

 女は、男と違って思い出は引きずらない。

 男が夢想家、いえ忘れることのできないおセンチな生き物なら、女は徹底したリアリストなのだ。

 

 もう一度背中に指を当てて、「ブライト」となぞってみた。書き終わると同時に、いきなり振り返った良人は私を抱きしめた。

「ミライ、ぼ、僕は」

 そうだ、この人は感情が高まると「僕」と口にするのだ。

「いいの、もう言葉はいらないわ」

 なおも喋ろうとする唇に指を押し当て、良人を黙らせた。そのまま私は折り重なっていく、肌を重ねていく。

 強く抱きしめられた瞬間、私は喘いだ。快感に震えた。熱い波の中で、私は踊り、舞っていた。

 私達は稚拙ながらも精一杯愛し合い、愛し方を徐々に学んでいった。

 

 最初こそ英雄ともてはやされた良人も、数々のジオン残党の反乱が燻る中、シャトル運行勤務に就くことになった。いや、決してシャトルのキャプテンという仕事が閑職だということではない。

 取りあえず、戦場の第一線ではない、ということであり、連邦軍内で急速に膨れ上がっていくティターンズという怪物のような組織に組しないということだ。

 そんな良人もいろいろ考え込むことも多いようだったが、たまに家に帰るといいパパになった。私は良人を愛し、良人に愛されて幸福な家庭を作ったつもりでいた。

 つもりでいたのだ。

 ところがグリーンノアで起こった事件が、平穏だった環境を一変させた。良人は度重なるティターンズの理不尽さに耐えかねて、エゥーゴに加わってしまったのだ。

 当然私達は連邦軍の本拠地たるジャブローにいられなくなって、命からがら逃げ出すことになった。落ち延びたニューホンコンで、やはりエゥーゴに参加したアムロ一行と偶然再会し、ルオ商会に庇護されることになった。

 ルオ商会は反ティターンズ陣営に属していたが、エゥーゴに恩を売っておく算段があったに違いない。商人とは常に利にさとく機を読むものだ。アナハイムの連中と何ら変わりない。

 グリプス戦役が終わった後も、動乱は続く。

 遥か彼方からやってきたアクシズの連中である。そのせいで良人はいまだ宇宙だ。疲れ果てて、疲れ切って、くたびれて、悩んで、そして……

 

「会いたいの、ブライト……」

 子供達に聞かせないように喘いだ。

 電気を消して、部屋を真っ暗にした。固くなった枕の端を噛んで、ただひたすらに身体の奥から込み上げる熱い何かを掻き回した。

 それはどんなに掻き回しても、刺激しても消えることはなかった。むしろますます、大きく、熱く、鈍く、疼いた。

 声を殺しても身体から洩れ聞こえる粘膜の音が怖い。

 でも指は止まらない、止まらない、止まる訳がなかった。

 

 いつから始めた、また覚えた癖だろう。ずっと、長く、続く、独り寝の寂しさがそうさせたのだろうか。

 

「あ……ん、あん」

 私はベッドで身体を弄り続けた。独りで寝るのは大き過ぎるベッドの上で。

 ずいぶんとご無沙汰な良人の肌の温もりを懐かしみながら、独りで悦楽を貪った。何回も、何度も、ただ自分を慰めた。

 

 ある日、ルオ商会のエージェントと名乗る男、男といっても前に見かけた美少年の一人だ、が現れた。彼がいきなり差し出した封書を見て、

「ルオ商会の招待状?」

 困惑気に受け取る私に、

「ステファニー・ルオ様からくれぐれもよろしくとのことでした」

「ステファニーさん?」

 エージェントは白い封筒を取り出した。何も言わない東洋人の美少年に閉口して、もらった招待状を明けてみると、今晩子供を連れて食事を食べにきて欲しいというものであった。

「困るわ、こんなの。いきなり言われても」

「ご心配なく。そのままでお越し下さいとのことです」

 エージェントの男の子はあくまで冷静で口数が少ない。嫌がる私と反対に、子供達は車に乗ってはしゃいでいた。

 ステファニーさんの、いかにも金持ちらしいこちらの有無を言わせないやり方にかすかに嫌悪感を抱きながら、とうとう諦めた私も子供の後に続いて白い高級リムジンに乗った。

 初めて高級車に乗った子供達がうるさくて仕方がない。

「静かにしなさい、ハサウェイ、チェーミン」

「は~い」

 返事だけはいいが、それでも三十秒ともたない。

「マダム、もしよろしければ」

 運転席から黒髪の美少年が話し掛けてきた。前部座席と後部を分ける境目が自動的に開き、中からお酒とジュースの瓶が出てきた。

「わーい、ジュースだ!」

「ジュースだ」

 子供達を静かにさせるために、私は栓を開けて飲ませてやった。

「私は遠慮しとくわ……ね、あなたはステファニーさんに飼われているの?」

 彼は返事をせず、しかし美しい唇を歪めてかすかに笑った。

 やがて日が西に傾く頃、高級リムジンは、私達の住むダウンタウンから離れた海沿いの高級住宅街に入った。

 右も左もまるでお城のような豪邸ばかりである。白亜の壁、オリエンタルな屋根、アーリーアメリカン調の屋敷、様々ではあるが、とても私には買えなさそうなものばっかり。思わずため息が出た。

「すごいお屋敷ばっかりね」

 エージェントの少年は静かに車を走らせるのみである。

 海の見える小高い丘、そこに宮殿のようなルオ邸があった。

 

 素晴らしい庭園の中、一際眼を引いた花があった。それは蘭ではなく、百合でもないし、亜熱帯の派手な花ではない。

 ただの昼顔だった。誰も気づかない日中、可憐な薄桃色の小さな花を咲かせ、夕方にはもう見ることができない。私はそんな昼顔が好きだ。

「きれいなお花がいっぱいね」

 子供達とエージェントの少年に話しかけてみたが、返事はない。もう一度、昼顔の小さい花に眼をやってから、私はルオ邸の中に入っていった。

 

「無理矢理お連れして悪かったわね、ミライ・ノアさん」

「いいえ。でも突然でびっくりしたわ、ステファニーさん」

 円卓の向こうで妖艶に笑うステファニー・ルオの後ろには、この間見かけた美少年が三人いた。

 よくも手なずけたものであると妙に感心してしまった。無駄口を叩かず、こちらを無遠慮に見るような真似もしない。視線をわずかに落としてかすかに微笑んでいるだけだった。

「何もないけど今晩は楽しんでいって下さいな」

「ええ、ステファニーさん」

「ステファニーと呼んで下さって結構よ、ミライ」

 それを皮切りに食事の皿が運ばれてきた。前菜、ス-プ、お魚、お肉、それも一気に出てくるのだ。

「すごいご馳走ね」

 恥ずかしながら、お腹がぐうと鳴ってしまい、隠すのに必死になって私は料理を食べた。名前も判らない、ただおいしいとしか表現ができない料理である。

 だからその間、お話はあまりできなかった。ステファニー・ルオはどちらかといえば、食事よりお酒を呑む方に夢中である。

 デザートの杏仁豆腐が運ばれてきた段階で、

「で、今日呼んで頂いた理由はなんでしょう」

 別に気圧されず、普通の口調で言った。

「うふふ、特に理由なんかないわ。親睦を深めたかったのよ」

「そんな」

 ではこちらにどうぞ、とステファニーさんは私を別室に誘った。子供達も、という言葉に、彼女は首を振って、ベビーシッターに任せてと言う。お腹いっぱいのハサウェイとチェーミンは眠たそうな顔をしている……というかほとんど寝ていた。

「子供達は寝てしまったようね」

「そうね、だからあんまり遅くまでいられないわ」

「まあまあ。ね、乾杯しましょう」

 ステファニー・ルオは小さな杯を少年の一人に持ってこさせ、渋い琥珀色の液体を注いだ。

 渡された私は困惑したが、

「宇宙にいるブライト・ノアとその家族の健康を祈って!」

 という声に合わせて、杯を合わせて口に持っていく。

「う!」

 ひどく強いお酒だ。どうにか一口飲んでみると、ステファニーさんは杯をテーブルに置いた。

「ダメよ、ミライ。私達の民族は、一気に空けるのよ」

「こんなに強いお酒は飲めないわ」

「大丈夫。さ、もう一回」

 気がついたら、都合三杯飲まされていた。回る、回る、世界がグルグルと回る。警報が頭の中で鳴っている。

「子供達は……?」

「大丈夫、私の坊や達はベビーシッターもできるのよ」

 立とうとしたら、腰が抜けそうになって慌ててイスにしがみついた。そんな私をバカにしたようにホホホと見ながら笑うステファニーさんが憎いと思った。

「ミライ・ノア……タバコはいかが?」

「タバコなんていりません」

「その辺のタバコと違って漢方薬入りよ。試してご覧なさい」

 黙って胸の動悸とめまいと戦っていると、

「さすがヤシマ家の令嬢ね。タバコなんて吸える訳ないか」

 挑発と判っていた。それでも私は思わずステファニーさんの手からキセルを奪い取って、タバコを吸った。

「ゴホッ、ゴホッ!!」

 むせた。しかし普通のタバコの煙のいやな不快感はない。

「これは?」

「ね、漢方の効果よ。面白い味でしょう?」

 赤い艶なキセルをまた一吹き、怪しくステファニー・ルオは笑った。その呪縛から逃げるように窓の外を見た。真ん丸な黄金の月が空に掛かっている。

 良人はあの虚空の中で今も戦っているのだろうと思った。

(ブライト……)

 しかし、その円形の物体の姿が徐々に濃い雲、いや暗い霧に覆われていくように見えた。霧は次第に広がり、私はいつのまにか意識を失っていた。

 

 かすれた意識が揺らいだ。ゆらゆらと揺れていた。

 聞こえる荒い息遣い、甘い声は私のものではない。誰、誰なの?

 

 判っている、判っていた。

 ホンコンの夜の女王だ。ステファニーの声だ。

 わずかに顔を起こして、ようやくその姿を目に映した。丸いベッドの上で絡み合う淫らな男女の姿。

 ステファニーは白い裸身を剥き出しにして、例の四人の男の子達、つまりはペット達に囲まれている。男の子達は女神様を敬う信者のごとく、彼女を愛撫していた。

「ああん、あん……」

 優しい愛撫に、鼻の抜けるような甘い声で喘ぐ。手を男の子達の股間に伸ばし、固い強張りを確かめるように握っている。それも愛しげに。

 それを見る私が思ったこと、それは。

 羨ましい、ということだった。羨ましい、という感情だった。

 私の内から湧き上がる感情……これは感情ではない、何かこう、生臭い人間の衝動。それが私を逸らせる、躍らせる、突き動かす。

 ペット達に優しく愛されていたステファニーさんの喘ぎ声がふと止まった。目をかすかに向けると、彼女は金髪の男の子に抱き起こされ、何ごとか耳元に囁かれている。

 その瞳が私を見た。淫靡で、傲慢で、残酷で、鋭く、そして優越感の混ざった不思議な視線。更に口元が歪んだ。

 嘲笑されているのだ、と気づいた。私は笑われているのだ。

「おはよう、ミライ・ノア」

 視線から逃げようとして身体を起こした。

「あ!」

 私は全裸だった。慌ててタオルで身体を隠して、無遠慮なステファニーさんの視線から逃げる。と、頭が、頭の芯が妙に鈍く疼いた。

「動かない方がいいわよ」

「私に何をしたの?」

 人の気配に気づくと、もう遅い。例の坊や達四人が私を取り囲んでいた。いずれも少年と呼ぶにはたくましすぎる身体で、股間には不釣合いな程、凶暴に猛ったペニスが天を突いている。

「や、やめて、近寄らないで」

 そのくせ、私の声はどこか弱々しくか細い。これでは彼等を挑発するようではないか、と頭の隅で思った。

「オイルを塗っておあげ」

「はい、マダム」

 唱和する美少年達の無表情な顔。怖くなって逃げようとしても不可能だった。

 八本の手が私の自由を奪う。

「や、や、やだ、やめて!!」

「キセルを吸わせなさい」

 抵抗する私の身体を押さえつけて、東洋人の男の子がキセルを咥えさせた。意地でも吸わないつもりだったが、男の子は巧みだった。

 息を吸わせないよう口を塞ぎ、呼吸が苦しくなったところで手を外した。酸素を求める私が口を開けた途端、キセルが差し込まれるという寸法だったのだ。

「!!」

「さっきより調合は弱くしたから大丈夫よ、ミライ」

 赤い着物を無造作に肩に掛けただけのステファニーが、妖しく微笑んでこちらにやってきた。

「こ、これは……何、何なの?」

 だんだんと抵抗する力が抜けていく。目も焦点が合わない。私はトリップしかかっている。頭でそれが判っているのに、どうして身体が動かないの?

「弱いアヘンよ、ミライ・ノア」

 金髪の男の子のペニスを握り、ゆっくりと動かしながらステファニーさんは言った。

「中毒性はないから安心なさい。もっともティターンズは自白剤に使っているようだけどね。うふふ」

 私は五人の十の眼に監視されていた。これではまるで、麻酔に掛けられた外科手術を待つ哀れな患者だ。

「ねえ、知ってる? 昔、これが原因で戦争になったのよ。こんなアヘンみたいなもので、うふふ」

 言うなり、ステファニーさんはしゃがんで、もう一人の少年のペニスを口に頬張っていた。片手にもう一人のペニスを持ったまま、忙しく口を動かしていく。

 それを合図にしたかのように、男の子達の手が伸びていく。いつのまにか、ぬるぬるした液体が塗られていたその腕が八本、私の身体を弄っていた。

 最初、不快感を感じると思っていたのに、それはなかった。それどころか、胸を掴まれたり、太腿を探られたりする間に快感すら感じていた。

 小さな快感だった。それがだんだんと広がっていく。波のように、寄せては返す波のように、広がるのだ。

 そんな私を時折横目で見ながら、ステファニーさんは坊や達の股間に食いついていく。彼女の口の周りは絶え間ない口唇愛撫のせいで、よだれだらけで鈍く光っている。

 醜いどころか、それが逆に美しいと思った。ペニスを含み、手でしごくその姿は正に野獣だ。野獣こその美しさ、ニューホンコンの闇の女王の精気が私をも刺激する。

 単に刺激を加えられるだけでは物足りない。心が弾け、身体が震えた。

「私も欲しい」

「くっくっくっ」

 鳥のような笑い声。口からいったんペニスを離し、それでも手に持ちながら、

「ね、この方をご存知かしら?」

 ステファニーさんは私に一枚の写真を見せた。

 金髪の短い髪の女性だった。青い連邦軍の制服にも似たそれを着ている姿は、知性を感じさせる。瞳とは対照的に、唇がどことなく魅惑的で男好きがするような感じだし、化粧もやや濃いようだが、キャリアウーマンっぽいところからすると、有能な女性なのだろう。

「ドック艦、ラヴィアンローズのエマリー・オンス艦長代理よ。こちらもどうぞ」

 もう一枚の写真に私の目は釘づけになった。

 それはどこかの船の一室だろうか、灰色の制服を着た懐かしの我が良人が、先程の青い制服のエマリー・オンスと抱き合っている姿が写っていた。

「こんなのもあるわ」

 次の一枚は二人のキスシーンを盗撮したものである。どちらかといえば、良人よりエマリー艦長代理の方から積極的に迫っているように思えた。

「……」

 言葉の出ない私を憐れむように、

「お気の毒に」

 と心底からの声音で言う。

 

 私は良人を信じていた。

 一年戦争後の軍の冷遇にも関わらず、軍務に明け暮れる良人を信じて生きてきた。銃後の暮らしを支えてきたつもりだったし、だからこそアムロとその彼女のベルトーチカにもお説教めいたことを言ったつもりだ。

 それが、それなのに良人が私を裏切ったなんて。 

 

「男を信じる、なんて虚しいわね、ミライ・ノア」

 呆然とする私に尚もステファニー・ルオは言葉を浴びせた。視線を向けると、彼女は笑っているようでもあり、本当に悲しんでいてくれるようでもあった。

「一緒に今を楽しみましょう」

 今この状況をよく考えてみれば、裏切っているのは私の方だ。強烈な欲望の飢餓感に襲われ、突き動かされ、少年達に身体を触られて悶えている。

そうして悲しみに浸るはずなのに、まるで私は昼顔。別の顔を持つ昼顔だ。

 庭先で見た昼顔の花、昼と夜は別の顔。貞淑ぶったその仮面の奥には、別の顔がある。隠れていた私の欲望がチリチリとくすぶっている。

 それが今、弾けた。

 

「お前達、マダムの望み通りにしてあげなさい」

「はい」

 欲しいと望んだ私は、アヘンという薬のせいでおかしくなっていた。

 口の周りがよだれだらけになっていた。そこへ差し出された金髪の美少年のペニス。

 ためらいなどない。迷いなどない。ただ、私は固くなってそびえたつペニスを口に含むだけ。

「ん、ん、ん、んうっ!!」

 少年は私の首を持って腰を突き動かし始めた。口蓋の中を犯されて、でもそこには惨めな気持ちなどなくって、反対に満たされた気持ちになっていく。

「あん……」

 後ろから東洋人の少年が胸と股間を触っていた。それも何かを確かめるように触るのだった。

「あっ、ああっ、あっ」

「マダム、すごく濡れていますよ」

 少年が指を差し出した。妖しくぬるぬる光る指先をかざす。

 何を思ったか、少年は他の少年のペニスを掴んで硬直したままの私にそれを見せた。彼は私の感じ方の具合を調べていたのだ。

 少年の眼が、濡れて光る指を舐めろ、と言っていると思った。だからそれを口に含む。口の中に広がる私の味と彼の味。

「あ、ああっ」

 濡れ細った指を含んだ時、軽い陶酔感が訪れた。アヘンというクスリのせいか、淫靡な行為への愉悦からか。

「早くミライ・ノアを楽しませてあげて」

 少年達に命じたステファニーは籐のイスに腰掛けている。そして大きく足を広げ、金髪の少年の一人に身体の中心を舐めさせていた。

 少年の金髪に指を埋めては、ああっと悩ましい声を上げて、艶っぽくも無遠慮な視線を私に投げ掛けるのだった。

「うっ」

 後ろから東洋人の一人が密着し、私のお尻を持った。口の中のペニスがいよいよ大きくなったと思った瞬間、

「失礼します、マダム」

 貫かれて悲鳴を上げたが、私の叫びはくぐもっていた。

 ずん、ずん、奥まで。私の、奥深くまで。若く、獰猛な獣が私を貫いていく。

「とっても気持ちよさそうね」

 羽扇で気持ちよさそうに風をそよぎ、そのくせ下半身を責められるステファニーの顔の淫靡さ。私に冷笑を浴びせる顔の残忍さ。

 返事ができずにただ喘ぎ、悶え狂う私を彼女は見ていた。

「あ、あ、く、くう!!」

 崩れそうになると、たちまち少年達が私を支えて起こすのだ。

 そうして私は快感と戦う。戦う、と言うより恐ろしいまでの快楽の波、いや快感の波に翻弄され、すべてを忘れていく。

 違った、全部忘れるのではなく、お尻を振って快感を追い求めることは忘れない。また口と手にあるペニスに刺激を加えるのも忘れない。

 私は獣だった、獣になっていた……

 

「あ、い、い、いいっ!!」

「いきなさい、ミライ。もっと大きな声を出しなさい!」

 この声が私を駆り立てる。辱しめをもたらすにも関わらず、私を狂わせる。

「ああ、あっ、ダ、ダメッ!!」

 ダメなんかじゃない、もっと欲しい、もっと手荒にして欲しい。物のように私を扱って欲しい。

 私のすべてを引き出して、今はただ激しく……

 

 若い獣達も疲れを知らず、私を交替に犯した。時折、ステファニーにかしずいてはその股間を舐めたり、反対にペニスを口に含まれては、こちらに向かってくる。

 金髪と東洋系の四人はいつ果てることなく、年上の女二人に群がるのだった。

 時々、汗だくになった私にエクスタシーの波がやってくる。でももう少し、後少し、というところで、少年達は場所をお互いに譲るのだった。

「女は貪欲ね」

「……え?」

「充たされない、って顔してるわよ」

「そんなことない」

「自分からお尻振っといてよく言うわ」

 強烈な羞恥心が訪れた。顔が赤く火を噴いたと思った。

 しかし悲しいくらい、私は貪欲だった。一向に快感を与えてくれる少年達から離れようとしないし、離さなかった。肌を合わせることによってもたらされる快楽に痺れていたからである。酔っていたからである。

 波、波紋、津波。私の身体は不意に頂点間近まで達する。放り投げられたに等しい。

「ああん、あ、ああ!!」

 そこから急降下する。めまいだ、堕落していく瞬間である。そしてまた若い野獣達に苛まれていくの繰り返し、だった。

 彼等は疲れを知らず、また衰えを知らない。私の口に、身体に、それぞれの欲望を放ってもまたすぐに復活する。数え切れないほどの頂上を迎えた後、

「もう、許して……」

 と息も絶え絶えに言ってみても、

「ミライ、まだまだ平気でしょ?」

 ステファニーさんは許してくれそうもない。

「あんっ、ああんっ、ダメ、もう本当に、おかしくなるう!!」

 汗まみれのまま少年達の体液を浴びて、口いっぱいに頬張って、私は絶叫した。どうしようもない大きな快感の中で喘いだ。

 喉の奥から声を振り絞って叫んでいた。

 そのうちに不意に視界が暗くなり、私は気を失った。最後に網膜に焼きついたのは、ステファニー・ルオの魔女のような嘲笑を浮かべた鋭い瞳の光であった。

 

 翌朝、私はルオ邸の一室で目覚めた。身体には昨夜の名残りはなく、ただ節々にかすかな痛みがあるだけである。歳だけは取りたくないものだ、と自分自身を笑った。

「あ!」

 すぐに思い立ったのが、ハサウェイとチェーミンだった。ベッドで跳ね起きると、すぐ横に二人の子供が寝ているのに気づいて、安堵した。

 同時に、ベッドサイドに置かれた白い瀟洒な昔風なつくりの電話機が鳴った。

「も、もしもし?」

「お目覚めはどう? ミライ・ノア」

 声の相手はステファニーさんだった。

「ス、ステファニーさん……」

「ご挨拶ね。ゆっくり眠れたかしら?」

「ええ、それはもう」

「お食事どうかしら? 用意させたのよ」

「せ、せっかくだけど遠慮するわ」

 私の険を含んだ声に、ステファニー・ルオは受話器の向こうで小さく笑った。

「じゃ、送らせましょうか?」

「結構です。今すぐ帰ります」

 どの顔でステファニーさんと彼女の飼う少年達に会えばいいのか。

「随分と嫌われてしまったわね。いいでしょう。じゃタクシーを呼ぶわ」

 それも断ったのだが、ホンコンの夜の女王は私を制して、どうやってここから帰るつもり、と尋ねるのだった。幼子二人連れでは無理、と言われるに及んでは従うしかなかった。

 屋敷を出る時、私をここまで連れてきた東洋人の美少年が外まで見送ってくれた。記憶にある中で、彼は確か二回私を抱いたはずである。

 だから話し掛ける言葉もなく、もちろん無口な彼は余計なことなど言わなかった。ただ、仏像みたいな穏やかな笑みを浮かべて、私達を送り出すのだった。

「ご苦労様」

 とうとう沈黙に耐えかねて、礼を述べても彼は微笑んだまま、

「お気をつけて」

 と言うのみである。チェーミンが手を振ると、驚いたことに彼も手を振った。

 途端に昨晩のことが思い出されて、全身がかーっと赤くなる。私は子供の手を握ってタクシーに乗り込んだ。そしてもう屋敷の方を振り向かない。

 運転手に行き先を告げて、はしゃぐ子供達をよそにただうつむいて、昨夜のことを後悔した。

 どうしてあんなことをしてしまったのだろうと、どうして、どうしてなの、と心の中で呟いた。

「ねえ、ママ? どうして泣いてるの?」

 こう言って顔を覗き込んだのは、ハサウェイだった。いつのまにか流れていた涙をハンカチで急いで拭って、

「何でもないのよ、何でもないのよ」

 子供達は空気に敏感である。私の醸し出す何かが二人の心に響いたのだろう、二人まで泣きそうであった。

 

 良人が帰ってきたのは、ネオジオンとの戦争が終わってしばらくしてからである。

 地上、サイド3空域、月を往復して帰ってきた良人は、疲れ切った顔をしていた。

「ミライ、迷惑を掛けたね」

 久しぶりに二人きりになった寝室で、良人は私を抱きしめた。以前にこうされたのは、どれくらい前だろう?

 良人の痩せた身体が悲しく、私はその上に乗って少しでも温かみが伝わればと思った。

「……」

 しかし優しく、力強く、それでいてどこか手馴れた仕草に、不自然なものを感じた。

 不意にルオ邸で見せられた二人の写真が脳裏に甦る。

 

 良人はこの手で、エマリーとかいう女を抱いたのだろうか。

 エマリーという女は、この手に頬ずりをしたのだろうか。

 

 良人の胸の中で何回、エマリーは果てたのか、良人はエマリーを何回抱いたのか。

 

 でも、私は、私になんか、良人を責める権利などない。美少年達に夢中で抱かれて、求めて、果てて、また求めて。嫉妬したからといって、自分もしていいことではない。

 

 私は昼顔だ。昼は母で、それは慈愛に満ちた顔。夜は充たされぬ生活を送って、とうとう堕落してしまった。

 

 それもひとえに良人のせいだ、と私は理不尽な女の思考を展開させた。判っている、こんな非合理的かつ非論理的なことだと。

 

 何故だか、穏やかな眼差しで私を見る良人が憎たらしかった。憎たらしいのに、私は彼を愛している。少々、分裂気味な自分に下した結論は、彼の手を取って、おもむろに指を噛むことだった。

「い、痛いよ、ミライ」

 痛いのは私の心と身体の方だ。

 私は無言で良人の小指を噛み続けた。

 気がつけば私の中心が濡れてきていた。夜遅く、これから良人にされることを想像して、私は発情して興奮しているのだ。

 指を噛む行為自体、前戯に等しくさえあるのだ。

 

 痛さに顔を歪む良人はそれでも指をそのままにしていた。ひょっとして、私の気持ちがお見通しなのかもしれない。

 そしてこれが夫婦になっていくことなのかもしれない、と思った。

 

(了)

 

亭主後述・・・

 

160万ヒットキリ番獲得されたpc-siorakkyouさんのリクエストです。

結局前後編にせず、これでまとめました。遅くなって申し訳ありませんでした。

リクエストの内容は、ミライさんで相手はスレッガー、カムランではなく他の人にして下さい、というものでした。

最近、南極条約さんで描かれている南北さんという素晴らしい絵師さんのイラストに大いに助けられてました。(笑&多謝)

私はブライト浮気説の支持者(爆)なので、ミライさんの味方です。(笑)でも彼女は貞淑かつ聡明な人。

こんなことで自暴自棄な浮気には走ったりしないと思うのですが、そこはほれ、ファンフィクションなのであります。(笑)