オデッサの夜、再び ~機動戦士ガンダム~

 キシリア様が、木馬め、と呟いたのが聞こえた。

 私は、思案の邪魔にならないように作業の手を休めて、キシリア様の次の行動を窺った。

 しかし、キシリア様はすぐに顔をこちらに向けて、

「どうした、続けるがいい」

 と言われるのだった。

「は……よろしいのでしょうか?」

「構わん。リラックスしながら、考えごとをしてみたい」

 キシリア様が笑顔を見せてくれた。

 その顔に私は痺れながら、無上の幸福感が胸一杯に広がるのを感じた。

「はっ、し、失礼致します」

 細心の注意を払って、薄いピンク色の小瓶から、中身の液体を充分に含ませたフタの裏側の毛先を取リ出して、キシリア様のつまさきに近づけていく。

「失礼します」

 震えるような感覚。激しい動悸。そして官能的な空気。

 それらすべてに包まれながら、私はゆっくりと手を伸ばす。ゆっくり、ゆっくりと。

 手の先には、素晴らしい線を描く、キシリア様の神々しくも美しい素足があるのだ。

 左手の指先が届いた途端、背筋に戦慄が走り、私はひっと小さく呻いていた。心配になってキシリア様の顔を見るが、表情は思案に明け暮れているのような感じに思えた。

 絹のような手触りに、またもや私は震えた。だが手を離すわけにもいかず、フタの裏側の毛先を持って、桜色した小さく可愛らしい小指の爪にそれを塗った。

 丁寧に、ゆっくり、ムラがないようにと塗った。

「木馬め、動きが気に食わん」

 再びキシリア様が呟かれた。

 レビルの動きが西ヨーロッパ方面で活発化している現状では、単身東上してくる木馬に戦力を割くこともできなかった。

 ガルマ様の仇討ちを唱えるドズル閣下の特命を受けたランバ・ラル隊が支援を要請してきたが、それに応えるのも至難の技だったのである。

 おっといけない、今は爪を塗ることに意識を集中せねばならなかった。

 時間をたっぷりかけて、私は爪の先を一つ一つ塗っていった。

 淡いバラの花弁のような色。キシリア様は、その色をローズピンクだと教えてくれた。

「北米で葬っておけばよかったものを……シャアめ」

 奴の名前が出た途端、私の手が激しく震えた。それを感じ取ったのか、キシリア様は腰掛けていたイスの上からジロリと私を見下ろした。

「どうかしたのか?」

「い、いえ」

 本当は、恐らくキシリア様が見抜いておられる通り、私はシャアの名前に反応してしまったのだ。

 シャアが連邦のV作戦を嗅ぎつけ、それを追跡し、あまつさえ地上に降下をしたと聞いた時、私は奴に嫉妬した。あの若さで急速に出世街道を歩み続ける奴に、恐れと怒りを密かに抱いたのである。

 だから、不謹慎なことこの上ないが、奴がガルマ様を見殺してドズル閣下に左遷された時、胸の奥で喝采したのだ。

 その、左遷されたはずのシャアが、奴の名前がキシリア様から出るとは!

 それとも単なる私の勘違いで、ガルマ様の死を悼んでシャアの名を吐かれたのか。

「シャアのことが気になるのか?」

「い、いえ、まったく」

 平然を装って、塗り続けた。いや、努めて平静を装うとしていたのかもしれない。

 重苦しい沈黙が続いた。

 できるだけキシリア様の方を見ないようにしていたが、我慢の限界であった。

 上目遣いでこっそり表情を盗み見ようとすると、

「お前は正直な男だ、な、マ・クベよ」

 キシリア様はずっと私を見ていたのだ。

 恥ずかしくなって、自分の顔が赤らんでいくのがよく判った。

 閣下の前では、素直でいたいのだ。

「シャア・アズナブル大佐にはな、大西洋で潜水艦隊を任せようと思っている」

 

 シャアが大佐?

 この私と、同格だと言うのか!!

 キシリア様の騎士である、この私と!

 奴は、ドズル閣下の指揮下にあったのを罷免された時、少佐ではなかったのか!

 それが、キシリア様に拾い上げられて、なおかつ大佐に格上げだと!?

 

「安心しろ、そのうちほとぼりが冷めたら、宇宙に上げる」

 

 この言葉は、間違いない。疑う余地もない。

 

 キシリア様は、シャアを拾ったのだ!! 

 

 私の胸は、激しい嫉妬の炎で燃え盛った。そして、シャアを呪った。

 そして、キシリア様を……いや、呪えるわけなどなかった。

 私は、キシリア様の騎士なのである。その身が、想い人を呪えるわけなどないのだ。

 

「ほう、赤い彗星はキシリア様の手の中に?」

「他の者の目が、うるさくてかなわぬよ」

 どうやら、シャアには、後で宇宙にいかせるおつもりらしい。

 ならば、この基地とこの立場は奴に奪われる心配などない、ということか。

「終わりました」

 本当はシャアの話題よりも、キシリア様の指にしゃぶりつきたいというような情欲の疼きに震えていた。

 塗り終わった指を、きらきらと輝く少女のような瞳で覗き込むキシリア様。

 いつもの厳しい顔と違って、私を戸惑わせるのだ。

「お気に召しましたか?」

「ん、よい具合だ」

 熱心に足の爪の輝きを見るキシリア様の顔と、美しい素足を交互に眺め、私はどうにか道具をしまった。

 テーブルに置いた化粧箱にそれを片付けて、また振り返ると、キシリア様は相変わらず無防備な背中を私に見せて、足の観察をしていた。

 

 細い腰とそのライン。しかしその上には、たわわな胸が実っているはずである。

 軍服では分からない、だが軍服だからこそ、凛々しさが分かる。

 そう、どちらでも、いや、キシリア様は何にでも似合うのだ、きっと。

 もしヨーロッパ攻略作戦が発動され、欧州の完全制圧に成功したら、パリやミラノといった旧世紀の都市に住む著名なデザイナーを呼び、キシリア様のオートクチュールを作らせ……

 大きく胸の開いたドレスで、美しく着飾ったキシリア様。そうだ、地球に残った「名士」とやらを呼び集め、華々しく舞踏会でも催そう。

 エスコートするのは当然、この私。

 社交ダンスのクライマックス、キシリア様は私の胸にそっと顔を押し当てるのだ。

 そして顔を上げて、頬を染めたキシリア様は一言、

「マ・クベ、お前を離しません」

 私の胸の高まりが聞こえてしまっているのだろう、更に頬が赤くなっている。

 そっとその柔らかい顎を持ち上げ、私はくちづけする……

 

 突撃機動軍総司令キシリア・ザビ様もいいが、ザビ家の美しき深窓の令嬢というシチュエーションもたまらないものがある。

 

「オデッサ基地司令に、足の指先を塗ってもらうとはな。兄上が知ったらどんな顔をするだろうな」

 キシリア様の悪戯っぽい声に、私は現実に押し戻された。

 背を向けて立ち上がったキシリア様は、なんと軍服のジッパーに手を掛けていた。

「で、では私はこれにて」

 本当は、この場にもっといたかったが、仕方なくそう言うと、

「ん、んっ、待て」

 と、私は引き止められていた。

「何かが引っ掛かっている、取ってくれないか?」

 ちらと私を見るキシリア様の眼差しに、私は否応もなく従っていた。

 ふらふらと人形のように近づき、

「し、失礼します」

「頼む」

 首の後ろは真っ白い、宋代の白磁の壺のように本当に白かった。

 かすかにキシリア様の匂いがし、私は深呼吸して吸い込んだ。五臓六腑にまでを染み渡らせてから、ゆっくりと下ろしていった。

 徐々に見えてきたキシリア様の背中。

 白磁の壺より、白いかもしれない、と思った。

 よく考えてみれば、背中のジッパーには何も引っ掛かってはいなかった。

 もしかして、キシリア様は私を誘っているのかもしれない、という邪な妄想が頭に浮かび上がり、それは更に拡大して、身体の中で膨れ上がっていく。

 そしてその衝動が、私を大胆な行為に走らせた。

「はぁ……」

 熱い吐息が洩れたのは、空耳ではなかった。

 白い抜けるような色の背中に、私はくちづけていたのだ。そのせいで、キシリア様が悩ましい声を出されたのだ。

「マ・クベ……」

 振り絞るような声に、私は燃えた。心と身体の中の炎が焼けた。

「キ、キシリア様、キシリア様!!」

 もう待てなかった。我慢できなかった。

 白くきめの細かい肌に顔を埋めた。香るような花の匂いを嗅いだ。

「う……ん、あん」

 鼻に掛かるような声。

 普段のキシリア様の声は、この私を魅了し、支配し、屈服させる恐ろしき女神だった。時にはグラナダに居並ぶ、むくつけき幕僚共を畏怖させ、恐怖させる天空の神ゼウスの雷鳴、或いは戦の女神アテナの電光でもあった。

 それが、

「あ、ああ……」

 と、優しくも切ない、官能の音楽を奏でている。

「マ・クベ」

 くるりとキシリア様は廻り、私の顎を持って言われた。

「お前はせっかちな男だな」

 そして笑みが目の前に広がった。妖艶な女神の微笑であった。

「キシリア、様~!」

 私は叫んだ。

 それを聞いた細い首が二回、三回と揺れ、赤く長い髪が解けてスローモーションのように広がっていく。見守る私に、美しい形の唇が近づいてきた。

 目を閉じた瞬間、柔らかいそれが私に重なった。

 女神様のくちづけを受けた、のだ。気の遠くなるような陶酔感に溺れ、恥ずかしいことに、私はもう失神寸前だった。

「男子の面子とやらを見せてみろ、ん?」

 小声で囁かれた。

 気づいた。ようやく判った。

 赤い彗星のシャアに嫉妬するヒマがあるなら、己の力を証明してみろ、と言われているのだ。

「はっ、ただちに!」

 逡巡している場合ではなかった。

 私は残酷かつ冷酷な美貌の女神様を抱き上げた。身体は細く柔らかく、力を込めてしまえば折れてしまいそうなほどに、華奢である。

「ご無礼」

 返事はなく、鷹揚としたうなずきが返ってきた。瞳がキラキラと美しい光をたたえ、頬にはうっすらとした朱が差している。

 お美しや、わが愛しのキシリア様。

 抱き上げた女神様を、執務室の隣の部屋にある私のベッドへ丁重に運んだ。横たえる時、キシリア様の手が伸び、私を離してくれないでいた。

「早く……」

 その後は続かなかった。これ以上、ご婦人に言葉を続けさせる訳にはいかず、

「服を脱いで参ります、しばしお待ちを」

「早く」

 ああ、催促されてしまった。

「はっ」

 そのくせ、首に巻いていた、キシリア様から拝領したスカーフ、そういえばこのスカーフの色も赤かった……バカな、私はシャアのことを気にしすぎている……を外す手が、そして制服を脱ぐ手が緊張で震えている。

 女を知らぬ十代の童貞のように、鼓動も強く高く高鳴った。だが、逡巡と迷いのすべてを捨て去るかのように、服を脱いだ。

 そして照明を落とし、ウラガンから入るかもしれない緊急連絡用の回線をも切った。

「マ・クベ」

 濡れた声で名を呼ばれる。脳裏に一瞬、キシリア様の父上デギン公、兄上ギレン総帥のお姿が浮かんで、消えていった。

 今更、迷うことなどない。ためらうことなどないはずなのだ。

 決意した私は、裸になったまま無言でベッドに近づいていく。照明が落ちていても、窓から差し込む銀色の月光が、ぼんやりとキシリア様の薄赤い顔を美しく照らし出している。

 キシリア様が首を振った。途端に束ねていた髪が、波のように豊かに広がっていく。赤い髪の色は、閣下の情熱の色なのかと思わせた。

「お美しい」

「あっ」

 私はキシリア様の側に跪いていた。そしてベッドから出ていた腕を取って眺め、月光に照らし出してその白さを確認してからくちづけた。

「……本当に、お美しい」

 賛美をしようにも、どう表現してみても、し足りないのが不満だった。

「ああっ」

 唇が触れたか触れないうちに、もう声が上がっていた。柔らかい触感と、震える細い腕、そして私を見つめるその眼差し。

「マ、マ・クベッ!」

 囁きは細く、あくまでも高く細かった。

 そして、滑らかな肌のきめの細かさと香り立つ花の甘い匂いが、私を狂わせる。いや、狂っているのはきっと、私だけではないはずだ。

 唇をそっと腕に這わせて、上流へ。肩先に到達し、軽く歯を立ててみた。

「う、ううっ……はぁ」

 コリコリと伝わる、歯の感触が快い。そしてもう一度、白い肌にくちづけを。

「お美しいのです」

 うなされるように私は繰り返す。

 くちづけをする度に腕は震え、痙攣した。その果てには、伸び切った腕が虚空を掻きむしり、弛緩してから沈んでいった。

 美しい動作を見ているうちに、私の深奥から情欲が湧き起こっていく。

 下腹部にしこりと熱が集中し、痛くなる。間違いなく、私はキシリア様を欲している、必要としていた。

「……あ」

 微かな声が聞こえた。

 私がキシリア様の衣服を剥ぎ取っていくからだ。絹のように軽い身体が、ベッドの中で回転する。

 まるで私の言いなりの人形。意志のない人形。

 なのに、瞳は潤み、頬にうっすらと赤味が差している。キシリア様も私を欲しているのだ、間違いない。

「く……くうっ」

 小鳥のような小さい吐息が洩れた。指で探ってみれば、熱くヤケドしそうな泉があふれている。

 更に奥への進入は容易だった。

「あ……あ、くっ、あっ」

 折り曲げた指の腹に当たるザラザラとした触感が心地いい。そして私の指の動きに合わせて、身体を揺らすキシリア様が愛しい。

「ダメ、マ・クベ、ダメッ!」

 この場合、ご婦人の「ダメ」は「もっと」という意味であろう。それが判らないほど、私は朴念仁ではないのだ。

 曲線に沿って撫で上げた指が、きつく締められた。同時にあふれる泉の量が多くなり、シーツを濡らしていく。顔をそこへ近づけ、神秘の泉を口にしたいと強く願った。

「は、恥ずかしい……」

 およそ、キシリア様の台詞とも思えない言葉だったが、私は構わず口を泉につけるのだった。

 ぴく、ぴく、キシリア様が跳ねる。身体が震えた。

 口の中一杯にキシリア様の味が広がっていく。コーカサス地方の葡萄酒と比べて、味が強く、コクがあると思う。豊穣な大地の収穫である葡萄酒にも、決して負けはしない。

 それは、私が贔屓目に見ているということもあるであろうけれども。

「おいしゅうございます、閣下」

「ああ、ああっ」

 キシリア様が恥ずかしげに身体をくねらせた。私の腕を掴む力が強くなり、

「あまり言うな」

 と小声で付け加える。

 それが堪らなく愛しくて、再び私は泉を啜った。粘つく味わいの濃さに胸がときめくのが、否定できないのである。

 下腹部の痛みが増した。それを察したのか、

「きて、ああっ、もう、きてえ!」

 高い絶叫と弛緩が、訴えていた。私に早く、と訴えていた。

「ぎょ、御意」

 羽根のように軽いキシリア様をうつ伏せにする。そして真っ白な、それでもわずかに朱の差した尻にくちづけをした。

「あっ!」

 震わせたその隙に、私自身を宛がって、一気に進ませた。まとわりつく肉の入口の狭い間を突き進むのだった。

「はあっ!」

 肺腑の奥から振り絞る艶っぽい声。私を混乱させ、支配する声。

 そして生の感情の発露の証し、であった。

「キシリア様っ!!」

 いつしか私も叫んでいた。叫びながら、細い柳腰を持って、突く突く突く。

「ああっ! マ・クベ!! マ・クベッ!!」

 燃えるような赤毛を振り乱し、キシリア様はシーツに顔を埋めた。白い肌にわずかな朱が差し、よく見れば玉のような汗が浮かんでいる。

 私は鼻を近づけて、汗を吸った。麗しい芳香を嗅いで、興奮が高まる。私のアドレナリンが放出されていく。

 乱れたシーツが、まるで波のようだった。

 シーツの海にたゆたうキシリア様の裸身が、シーツの海に隠れては現れ、隠れてはあられもない嬌声とともに現れた。

 ギリシア神話の美の女神、ヴィーナスは、確かエーゲの海の泡から生まれたという。今、キシリア様は、間違いなく私のヴィーナスなのである。ジオンのヴィーナス、キシリア・ザビ様。

 

……ジオンのヴィーナス……

 

「すご……ぃ、マ・クベ……ああっ!!」

 ヴィーナスの声が響く。高く、低く、悩ましく、私を惑わすセイレーンの声。

 細かく突き続け、紅に染まったキシリア様の顔を見下ろす。目を閉じていたヴィーナスがようやくこちらを見て、

「そ、そんな目で私を……わ、私を……」

 と喘ぐ。

「私を……見るなっ!」

 その美しい姿に見惚れて、私は返事をせず、ただ突いた。突くのみだった。

「お、お願い、冷たい目で、私を見ないで、見ないでぇ!!」

 キシリア様の哀願が、私を爆発させた。

 腰をぐいと抱き寄せ、ピストンの動きを速くする。垂れ流れてきた愛の蜜が、私の足に伝わっていた。

 そのまま、そのまま、そのまま、顔を近づけ、私は想い人の唇を吸った。

 最初、躊躇っていたキシリア様も、唇が触れると大胆になり、私を吸い返していくのだった。舌が絡み合い、口の中に甘い味が広がり、私はヴィーナスのくちづけを堪能する。そして、崇拝を……

「く、く、くうううっ!」

 苦しそうでいて、決してそうではない声。

 それが私を高めていた。

 瞬間、私は、最大の快感に翻弄された。この身を震わせて、躍らせて、狂わせられながら。

「あ、あ、あ、ああ、私は……い、いっ、いくう!!」

「……ご、ご免、です」

「い、いい、マ・クベ、マ・クベッ!!」

 理性のタガをどこかに吹き飛ばせて、私達は絶叫する。だが、ヴィーナスの賛美者にして崇拝者、という思いが、最後の堤防として脳裏に残っている。

 だから、キシリア様の声を聞き届けるまで、私はじっと待った。

「ああ、ダメ、ダメ、ああっ!!」

 達した肢体が弛緩した。シーツを掴む手が白くなったのを見てから、私は引き抜いて、背中に放っていた。

 快感は尚も続き、細かい震えを刻むヴィーナスは、背中に受ける度に小さい声を洩らすのだった……

 

「アッザム・リーダーな……あれはモビルスーツではないな」

「は! モビルアーマーと呼称するものです」

 私は、キシリア様のためにセイロン島から取り寄せておいた紅茶を差し出した。

「そうか。今度の視察に乗れるか?」

 紅茶の匂いを嗅ぎ、キシリア様は楽しむかのようにその香りを吸い込んでいく。

「はっ、即刻用意させます」

 その場を去りがたし、しかし私は手配のため立ち上がった。

 ウラガンに連絡し、

「ああ、私だ……モビルアーマーな、そうだ。お乗りになる予定だ。ん? あ!?」

「どうかなさいましたか?」

 不審そうなウラガンの声に、私は慌てて返事をした。

「い、あ、いや何でもない……いつでも乗れるように用意を」

「了解致しました」

「頼む」

 受話器を静かに置く手が震えた。

 後ろから私の身体を抱きしめる優しい手が、そうさせるのである。

「貴様、すっかり興奮しているようだな」

「キ、キシリア様! キシリア様っ!!」

 股間に伸びた手が揉みしだく。私の怒張はすでに張り裂けんばかり、になった。

 冷たく、容赦のない、無慈悲な声。

「自制心のない男め」

「も、申し訳ございま」

「本当に無様」

「は、はっ、恐れ入ります」

「仕方ない男」

 次々に浴びせられるヴィーナスの声に、めまいを感じた。

 そして不意に視野狭窄が訪れ、私はヴィーナスの足下に崩れ落ちていた。

 

 どうしようもない幸福感の中で。とてつもない満足感を感じながら。

 

 私は、キシリア様の軍靴のつまさきにくちづけをしていた。惨めな気持ちは、そこには決してなかった。

 

(了)

 

亭主後述・・・

 

非常に強烈、熱烈なリクエストを頂きましたので、アップします。

二人の関係は湖の騎士ラーンスロットと不倫の王妃グウィネヴィアに似てませんか?

閣下のマ・クベに対する「いじめ方」なんか、特に(爆)