大きな月が真上にかかる頃、あたしは寝袋から起き上がった。
そのまま静かに寝袋のファスナーを開いて、脱け出してみる。昼間の絶え間ない緊張のせいか、仲間達はとっくに夢の中だった。
可愛いく口を開けたままのケイトを見てクスリと笑ったが、起こすわけにはいかない。
「ゆっくり寝るんだよ、ケイト」
泥棒よろしく、あたしはそうっとテントの外に脱け出した。
辺りは、煌々と輝く青っぽい月の光が照らし出していて、そんなに暗くはない。
一本の大きな杉の木の下に立って、あたしは真ん丸な、まるでマヘリアのおっぱいのようなお月様を眺めた。
月は大きく、そして完全な球形だった。
ずっと昔から、丸いのだろう。この戦争が始まる前から、人間が宇宙に出る前から、ご先祖様が進化の過程とやらで海から這い上がろうとする前から。
なのに、人間は戦いばっかりやってる。
このあたしも手を血に染めた。さんざん、殺した。イエロージャケットの連中を殺して回った。
人類の業か。はたまた、あたしが戦争好きだからか。
きっと普通なら、この指はお裁縫や水仕事で荒れ、あるいはきれいな色のマニキュアでも塗って、数字やお札でも数え、五時を回ったら飲みにいくだろう。
そしてステキな男でも見つけて、楽しいラヴアフェアーにうつつでも抜かすことだろう。
実際には違う。
ベスパを殺して、殺して殺して回った血で汚れているのだ。
そしてまた殺す毎日は続くのだ。
悲しくなった。訳もなく悲しくなって、あたしは菩提樹の幹に寄りかかった。
並んだMSのシルエットが七体、ぼんやり見えた。あれがあたしの仕事道具だ。あれに乗って、あたしは敵を殺し続けるのだ。
「眠れないのか」
声が聞こえた。振り返ると、そこにはあたし達の「隊長」オリファーが立っていた。
「放っておいてよ」
そっぽを向く。
足音が近づいて、オリファーの匂いがしたかと思うと、あたしはいきなり抱きしめられていた。
「い、や、ちょっと!」
抗うものの、暴れるものの、あたしは無力な子猫でしかない。
私は引き寄せられて、くちづけをそこかしこに受けていた。たちまち身体に陶酔感が起きる。腰が抜けて支えられた。
「や、やめて……」
後は声にならない。力は抜けたが、私の腕は逆にオリファーを抱きしめ返していた。
この男は、もしあたしが死んだら悲しんでくれるだろうか。
戦場で散ったら、涙の一つでも流してくれるだろうか。
あたしのことを、少しでも……
幹に押しつけられてキスを受ける。時々、膝が抜けそうになるたび、オリファーはあたしを抱き上げてくれた。
優柔不断。優しいのに強引。優しいくせしてずるい男。
あたしを散々苦しめて、死ぬほど悩ませて。でも、でも。
好きなの。
「あん」
オリファーの顔が足の間に潜り込んでいる。いつのまにかパイロットスーツを剥かれたあたしの中心に顔に埋め、舌を伸ばしていく。
「ああん」
大きな声で悶えてオリファーの髪に指を潜らせる。快感に悶えて、震えて、彼をあたしに押さえつけた。ちゅ、ちゅ、と派手な音を立てて、彼は吸った。
その一吸い、一吸いに、あたしは声を洩らす。よがって声を出す。
「ダメ、ダメ、ダメッ!!」
否定のスタッカート、でもこれは本当の意味での否定ではない。
身体の奥は、とっくに濡れ、潤み、あふれていた。オリファーがあたしを吸ったからではなく、幹に押しつけられて抱かれた時からのことだった。
ひたすらにあたしに顔を埋めていたオリファーは、ようやく口を離し、
「すごい濡れてる、すごくあふれてる」
「バカ」
キスの時、変な味がした。あたしの味だと、頭をくらくらさせながら思った。
濡れて、潤んで、あふれるあたしの味。すべてをオリファーに奪われたあたしの味。身も心も。
好きなの、とっても。
「バカ」
照れくさくて恥ずかしくてもう一回言う。
ベルトを緩めてペニスを露出させたオリファーの意図に気づいて、屈んだ。現れたそれは早くも上を向き、あたしが口にするのを待っている。
「ん……ん、んむ、んくっ」
喉の奥までペニスを口にする。低く呻いたオリファーがあたしの頭を持った。舌の腹でねぶり、手で握りしめ、頭を動かすしていく。
気持ちよさそうなオリファーの呻き声に機嫌がよくなって、ペニスをしゃぶり続ける。
愛しい、愛しい、これが愛しい。
心の底から、愛しい。あたしのものにしたい、あたしだけのものにしたい。
あんな女に渡したくない。
オリファーが、褐色の肌の長身の女を組み敷く姿が脳裏に浮かぶ。それは、一度、二度、あたしが現実に見た光景である。
女の方がなまじ身長が大きいから、それはどこか滑稽であり、おかしかった。
「ああ、オリファー、いいのぉ!!」
と泣き叫ぶ女の無様な顔。醜くて、あられもなくって。
長い足が伸びては白い男の身体に巻きつき、離れ、痙攣する。
でも。
でも、美しい姿で悦び、哭いている。
その時、あたしは間違いなく嫉妬していた。
唇の中に苦いオリファ-の味が広がってきた。
「うう、うく」
もっと苦しむ顔を見たい。
更に舌を巻きつけ、ペニスを握る手に力を込めていく。口の中の怒張が、いい加減限界だと示すように大きく、固くなった。
「うわ、も、もういい!!」
「あ」
ペニスが逃げていった。それが惜しくって追い掛けたが、オリファーは腰を引いてかわした。
「後ろ向けよ」
あたしは彼の言うなり。人形。遊び相手。そうラヴアフェアーの相手に過ぎない。
「あん、あ」
痛いくらいに足を広げさせられて、声が出た。
「いくよ」
「う、うう! あ、ああっ!!」
幹に顔を預けて叫んだ。気持ちいい、とっても気持ちがいいから叫ばずにいられない。
それでも声を出すのは、何かオリファーに負けてしまうような気がして、必死に堪えようと思う。しかし無駄だった。
「あん、ああん、ふ、深いの!!」
「可愛い声、出すんだな」
「可愛い? あたしが?」
色男ぶったオリファーが憎たらしい。だから自分から腰を振ってやった。
早く、早く、もっと早く。タイミングを早めて、何かを求めるようにシンクロするように、同期を取るようにあたしは動く。
胸元を掴むオリファーの手に力が入る。ぎゅっと肌に食い込み、ひどく痛かった。ああ、この人も気持ちいいのかな、とぼんやりと思う。
ペースを早めたオリファーが求めて探すものは、貫かれるあたしが望むものと一緒だ。
もっと、気持ちよくなりたいの。
ああ、もっと、もっと急いで、今はそれだけに集中して。
お願いよ、オリファー隊長、お願い。
あたしの身体はまるで溶けてしまったよう。
ただひたすらに抽送を受け、中から愛液を垂れ流して潤滑液を吐き出している。それもオリファーがもたらす快感を増幅させていくだけに。自分がよくなるためだけに。
「もっと激しく、激しく、ねえ!?」
とか、
「ああ、そこ、いい、すごくいいの!」
とか、発情した獣になってあたしは喘いだ。脳天が沸騰し、月の姿を星の姿を味わうこともなく、吼え続ける。
「オリファー、ああ、ああ、ああっ!!」
あたしは醜いだろうか、はしたないだろうか。
仲間がすぐそこで休んでいるというのに、快楽に身を任せている。大きな声で哭いている、吼えている。そして悶えている。
まだ寒い季節だというのに、汗だくになってオリファーに抱かれている。
醜い、というより恥ずかしい女ね、ジュンコ。
かすかにある理性が自分自身を嘲笑った。それでもいいと思う。
明日をも知れず、あたし達は戦うのだ、今このひと時くらい、好きなことしたって罰当たりじゃないはずだ。
セックスを命の洗濯と思ったって、いいんじゃない? ジュンコ・ジェンコ姉さん?
身体を絡ませることによって、リラックスできればいいんだ。つまらない嫉妬からも解放されて、ほら、今のあたしはきっとキレイでしょ、オリファー・イノエ。
あんたの女より、百倍も千倍もあたしの方がいいに決まってるんだから。
試してご覧、ジュンコ姉さんを。
振り返ってキスを求め、また木に頭を当てて、あたしは悶える。聞こえてくる互いの性器の立てる音が、いやらしい。でも、それが静かな夜に虫でも奏でる音と変にマッチしているのだった。
「あ、いく、いく!」
「俺も」
「ね、一緒に、一緒に、あ、ああ!!」
オリファーが吼え、あたしも吼えた。一際大きく彼が突いた瞬間、目の前に火花が散った。
「ああ、いくう!!」
お尻の上に熱い精液を浴びた。
オリファーはあたしの中に出さなかったんだと思うと、それは悔しくもあった。マーベットとする時は、どうしてるのだろう?
避妊具使うのかな、それとも中に出すのかな、と考える。
またお尻にペニスが触れた。あたしの肌で後始末をしているのだ。ところが驚いたことに、オリファーはいまだ萎えていなかった。
「?」
「もう一回したいんだ」
「あ」
脱ぎ捨てたパイロットスーツの上に寝かされた。そのまま覆い被さるオリファーにキスをねだり、あたしは足を広げた。
「きて、きてよ、オリファー」
あたしがこんなことを言えば、もっとオリファーは欲情してくれるのか。娼婦のように振舞えば、彼の心の中にあたしは住めるだろうか。
オリファーは、容赦なくあたしを抉った。乳房を吸い、汗ばんだ肌を吸い、ペニス突き立てて。
足を持ったり、広げたり、太腿にキスをしたり、その間も動きを休むことなく。一回射精してるから、オリファーには余裕があった。
ペニスは冷酷無残にして、獰猛にあたしを突く。あたしの一番感じる箇所を探して、そこを責め続ける。
「あ、ああ、ああっ!!」
男の身体にしがみつき、涙を流し、身体中を熱く焦がし、再びそこまできているエクスタシーの奔流の来訪に備えるのだ。
次の絶頂は長く尾を引いて、あたしを狂わせた。達した瞬間、尚もオリファーが動き続けるからだ。
あたしは彼の背中に手を回して、快感が逃げないようとするのに一生懸命だった。それほどまでに貪欲に追い求めていくあたしは、獣だった。
頭の中でそれだけを考え、マーベット・フィンガーハットの憎い勝ち誇ったような顔を思い出した。
あんたの男は、今あたしだけのものだよ、ざまを見な!!
そしてすぐに黒い肌の女の顔は泣きそうな顔になり、あたしは満足してそれを消し去った。
後は、後はもうオリファーと一緒に果てることだけ考えればいいと思った。
月の光だけを浴びながら、あたしは「隊長」オリファー・イノエに抱かれ、哭いた。
「ああ、気持ちいいの、いいの……あん!!」
身体を潰されるように、あたしは突かれ続ける。もうそこまで頂点が近づいてきていた。
「いっちゃう、あたし、いくう!!」
「うう!」
あたしが中に出してと頼んでも、不思議とオリファーは口を濁して、乳房に精液を掛けるだけだった。その代わり、何度もキスをしてくれたので、許してやることにした。
翌朝、マへリアが、朝食を取っているあたしの横にやってきて囁いた。
「昨夜は姉さん、お楽しみ!」
「バカ、何言ってんの」
「みんな声聞いて眠れなかったんだから、激しい声で」
あたしはソッポを向いた。
「姉さんも、あんな色っぽい声出すんだね」
とマヘリアが追い討ちを掛けるに及んでは、もう黙っていられなかった。
ふっくらした頬っぺたをギュと摘み上げ、
「まだ言うのかい、ああ、マヘリア?!」
「ふ、ふるひて、へえひゃん」
反省させようと思って指を離さないまま、睨みつけていると、コニーが慌ててテントに入ってきた。
「姉さん、マヘリア、何やってるの?」
「減らず口のマヘリアにお仕置き中。それよりどうしたの?」
「オリファー隊長が先に出るって」
「え、もうそんな時間?」
「しっかりしてよ、姉さん」
マヘリアの頬を急いで離して、テントの外に出た。組み上げた新しい機体の下にオリファーはいた。
「よ、おはよう、ジュンコ」
「お、おはようございます、オリファー隊長」
側にいるコニーを気にして、あたしは丁寧に言った。
「俺は打ち合わせ通り、先に伯爵のニュング隊にいく。お前達もそれぞれの機体の整備が終わったら、すぐに合流しろ」
「はい」
ニュング隊にはマーベットがいるのね、と心の中で叫んだ。
「何でも凄腕の少年パイロットがいるそうで、会うのが楽しみだよ」
「可愛かったらいいな」
追い掛けてきたケイトが言った。
「おいおい、年下趣味はマヘリアだけじゃなかったのかい?」
とみんなが笑う中、あたし独りだけが孤独のような気がした。それに気づいたのか、それともフォローのつもりなのか、
「合流するまで以後の指揮は、ジュンコ、お前が取れ」
「……はい、気をつけて」
オリファーは、何も言わずあたしの肩先に手を置いた。その指は昨夜、あたしを愛した、愛してくれた指先だ。
「じゃ、頼む」
「はい」
隊長はこうして機上の人となった。
それを見送るあたしの口の中には、苦い唾が湧いた。昨夜感じたマーベット・フィンガーハットに対するささやかな勝利の思いは、どこかへ消え去り、今はもうどうしようもない脱力感に襲われた。
「姉さん、部品の交換だけどさあ!」
とケイトが言う。あたしは最後に宙へ一瞥をやり、仲間のいるテントの方に引き返した。足取りはひどく重たかった。
(了)
亭主後述・・・
ジュンコ姉さん。私的にはVガンダムの中で一押しのお姉さんです。
マーベットさんとのケンカ、ウッソとのやり取り、そして仲間の死に続いて死に急ぐような言動。
う~む、悲劇のシュラク隊です。(泣)
果たしてオリファーに恋していたのかは不明ですが、しかしオリファーがあんなにもてるとは恐れ入りました。(笑)
暴走族のOBみたいななりのくせに。(爆)