いとしさと、せつなさと、心苦しさと ~ヒカルの碁~

 

 夕暮れの道には街灯がきらめき、家路へ急ぐ人々の群れで占領されていた。
 おまけにこの界隈は、もう車だらけで渋滞していた。
 一向に進まない道路に苛立ちを隠せず、私は思わずハンドルを叩いた。その音に我ながら驚いて、ふと助手席を窺った。
 助手席の少年は、何も気づかず口を軽く開けて、穏やかな寝息を立てている。
・・・・よかったぁ、起こさなくって・・・
 私は小さくため息を吐いて、ハンドルに顔を伏せた。
 そうしてもう1度、隣を盗み見る。
 オカッパみたいに髪を切り揃えた少年は、私のことなど気にせず夢の中。
 唇は塗ったように紅く、白い肌と対照的。切れ長の瞳は、今は閉じられていて、長い長いまつ毛がステキ。
 制服姿もとっても凛々しい感じがしている。
・・・食べちゃいたい・・・
 そう思ってしまうくらい。急に恥ずかしくなって、私はハンドルに顔を埋めた。
 息が荒くなり、体温が上がってしまっている。
 FMのラジオがうるさい、と思ってスイッチを落とした。途端に車の中を静寂が支配し、時折、外から人々と町の喧騒がかすかに聞こえてくるだけだった。
・・・食べたい・・・
 また思った。
 初恋にときめく少女のように、私は胸を振るわせ、また高鳴らせ、そして踊らせた。
 今、私達は2人っきりの空間を占拠しているのだ。
 外行く人は誰も、この少年を囲碁の天才少年とは思わないだろう。いや、正確に言うなら天才ではない。汗と努力と涙に暮れ、囲碁のことだけを考え、実践している少年なのだ。
 それは、普段接している私だけが知っている。お父様よりも、お友達よりも。

 突然、背後からクラクションが鳴った。私はビクッと身体を震わせて、バックミラーを見た。
 後ろから運転手が腕を振り上げて、何かを叫んでいる。続いて前を見ると、20メートル程隙間ができていた。私が考えている間に、車の列が進んでしまったのだ。
 慌ててアクセルを踏んでしまい、運転する軽自動車が揺れた。眠ったままのアキラ君が、顔をこちらに向けた。口がかすかに開いているのが、可愛らしかった。
・・・食べたい・・・本当に食べちゃいたい・・・
 甘い疼きみたいなものが、身体の奥底でちりちり焼けた。どうしても我慢できなくって、私はシートベルトの呪縛を解いて、アキラ君に顔を近づけた。
 暖かい寝息が私の顔に掛かり、心臓の鼓動が高くなった。近づいても起きないことをいいことに、頬にくちづけしてみた。
 ほんの一瞬だけのくちづけ。
 アキラ君は反応せず、ただ顔を動かしただけだった。
 バックミラーで自分の顔を見た。思った通り、私は赤面している。
 心臓に手をやった。激しく脈を打っている。まだ寒いのに、どっと汗が噴出しそうだった。なのに、せっかく頬にくちづけしてみても、アキラ君はまだまだ夢の中だった。
 そして、道は相変わらず混雑していて、永遠に進まないような気がした。

 舌打ちをした。別に予定は特になく、ただ「コーヒーとケーキ」を餌にして、アキラ君に指導碁を打ってもらうつもりなのだったが、それは口実だった。
 単にアキラ君と時間を過ごせれば、それでいいのだ。
 碁会所で働いていても、特に囲碁そのものに興味はなかった。就職に失敗して、腰掛けのつもりでそこに通っているだけだからだ。
 もっとも、今時、碁会所に来る人は年寄り連中だけで、食指を動かされることはなかったのだけれども。
 ますます嫌気がさして、碁会所で働くのを辞めようかな、そう思ったところに塔矢名人の息子さん、つまりアキラ君が現れた。私は一瞬にして、彼の虜になった。
 本当にキューピットがどこかで私を見ていて、恋の矢を放ったかのよう。それまで憶えるのが苦痛だった囲碁のルールが、すらすらと頭に入ってくるようになったから、現金なものだった。
 気がつくと、もう1度舌を打っていた。
 道路は亀の歩みのごとく、わずかながら動いている。横を歩く人々が私の車を追い抜いていくのを見た時、私は決意して、次の狭い路地を折れた。
 危うくお婆さんを巻き込みそうになった。

 駐車場に車を停めた時、ようやく隣のアキラ君が身体をもぞもぞと動かした。
「・・・市河さん?・・・僕、寝ちゃいました・・・」
 目をこすりながら、アキラ君は言った。まだ寝ぼけている様子だった。
 私はかすかに心が痛むのと、弾むのを同時に感じながら、運転席から降りた。つられてアキラ君が助手席から降りてきた。
「ごめんなさい、寝ちゃって。」
「いいのよ。」
 平然と言える自信がなかった。顔を見られたくなくって、私はアキラ君の背中を押しながら歩き出した。
「あれ、碁会所のビル、変わってます?」
「・・・そんなこと、ないわよ・・・」
 咽喉がしきりに渇くのを感じながら、自動ドアの中へ入った。アキラ君は首を振りながら、
「変だな。」
 と呟いた。
 アキラ君に考えさせる時間を与えたくなくって、私は素早くタッチパネルの前に立って、1番派手じゃない部屋を選んだ。落ちてきたキーをひったくるように取り出し、
「さ、行くわよ、アキラ君。」
「は、はぁ・・・」
 もつれるような足取りで、アキラ君がエレベーターに乗ってきた。その短い時間、アキラ君は、何かを私に聞きたそうな目で私を見ていたが、敢えて気づかない振りをした。わざと口を開かず、私は天井を仰いだ。
 沈黙が永遠に思えた時間はあっけなく終わり、扉が開いた。すぐに目的の部屋を見つけて、鍵を開けた。
 黙ってついてきたアキラ君を迎え入れてドアを閉めると、ドッと疲れが出てきたような気がして、私は深呼吸した。美少年は部屋をきょろきょろと見回していた。
「市河さん・・・?」
 ようやく不安そうな顔をして、部屋の中に立ちつくしていたアキラ君が言った。まるで泣き出しそうな表情だった。
「ここ、どこなんですか?」
 声が震えていた。できるだけ、柔和な笑みを浮かべて、
「・・・ごめんね、別荘みたいなところよ。」
 顔が引きつったような錯覚がした。
「碁会所じゃなかったんですか?」
「違うの。」
 白を基調とした南欧風の造りの部屋だった。見上げると、ラーセンだったか、ランバ・ラルだったかの鯨とイルカを描いた美しい絵の複製品が、私達を見下ろしている。どきつい感じの部屋ではなかったが、部屋の中央にでんと置かれたベッドが、やはりここがラブホテルの一室であるということを示していた。
 私はソファに腰を下ろし、緊張をほぐすために背伸びをした。
「僕・・・帰ります。」
「待って、アキラ君、こっちにきて!」
 アキラ君はドアに向かいかけたが、私の声に足を止めた。
 ここでもし帰られたら、明日からどんな風にアキラ君と接したらいいのか、判らない。ううん、もう会えない。
「お願い、こっちにきて。」
「市河さん?」
 少年は私の前に立ち、真剣な面持ちをしている。胸がきゅんと痛み、身体中が切なく疼くのを感じながら、私は立ち上がった。
「市河さん・・・?」
 アキラ君がもう1回私の名を呼び、ちょっぴり後ろに下がった。それが悲しくて、思わず彼を抱きしめていた。
「い、市河さん!」
「に、逃げないでっ!!」
 腕の中でアキラ君が震えるのが愛しい、と思った。戸惑いと焦り、その他もう混乱して渦巻いた感情が押し寄せ、そのうち私は思わず叫んだ。
「私のこと、きらいにならないで!」
 逃げようともがいていたアキラ君が、抵抗をやめた。そして逆に私の背中に手を回し、
「きらいになんて、ならないですよ。」
「・・・ア、アキラ君?」
 柔らかい微笑みと、さいなまれるような少しの恐怖感。甘い痺れと猥雑な空気。
 逆に私が、年下の彼に翻弄されちゃってる。
 ああ、泣きそう、泣いちゃいそう。
「こ、こんな近くで見ても、市河さんって・・・きれいですね・・・」
 はにかみながら、ぽつんとアキラ君が言った。
 私は思わず、アキラ君にキスをしていた。私の中で少しだけ強張っていた腕から力が抜け、だらりと垂れた。

 お風呂の中で、アキラ君はずっと背中を向けていた。洗ってあげる、って言っても、彼はとんでもない、と言わんばかりに、首を振った。
 それでも私が自分を洗っていると、ちらちらアキラ君はこっちを盗み見ていた。それが可愛い、愛しい、と思った。
「見たいの?」
「そ、そんなことないです!」
 怒ったような声だった。
「いいわよ、見ても。」
 泡だらけの身体を見せびらかすようにしてやった。アキラ君は上目遣いで一瞬、私を見た後、湯が張った赤い浴槽の中へざぶんと一目散に飛び込んだ。
「あら~見てくれないの?私、寂しいな。」
「・・・市河さん、きれい過ぎて見れないんです。」
 背中を向けたまま、言った。その言葉がずきんと胸に響いて、突き刺さり、私は急に視界が狭窄したような錯覚に囚われた。
「市河さんの近くで碁を打つの、いやなんです。」
「・・・」
「いい匂いするし、真剣な顔をずっと見ちゃいたくなるし。落ち着かなくなっちゃうんです。」
「ア、アキラ君?」
「冷静な僕になれなくなっちゃうんです。究極の一手を目指そう、そう思ってる僕が・・・」
 私は後ろからアキラ君を抱きしめた。たくさんの泡が彼を濡らしたが、彼はぴくっと反応しただけで、私のさせるがままにさせていた。
 アキラ君と私はそのまま抱き合ったまま、5、6分ほど過ごし、互いの肌を温めあった。
「あ、あの、市河さん?」
 おずおずとした口調に、
「ん?なあに?」
「キス、してもいいですか?」
 私はきっととろけんばかりに微笑んでいただろう。
「いいわよ。」
 と言っていた。
 アキラ君は裸のまま、浴槽の中から立ち上がり、私の方を向いた。真剣な顔をしている、私もそれに応じてあげなくちゃいけないんだ、と思った。
 淫らな気持ちは今、一切なくなっていた。何故か、神聖な気持ちになっていた。
 アキラ君が私を抱き寄せた。目をつぶって、その時を待った。
 おずおずと顔が近づく気配がして、ゆっくり唇が重なってきた。私はまるで中学生の少女の頃に戻ったような気になっている。
 胸がどきどき、高鳴っていた。
 ひとしきり、当てられた唇が離れた。目を開くと、アキラ君はやっぱり真剣な顔で私を見ている。彼は私を、私だけをその瞳に映していた。
・・・食べたい・・・食べちゃいたい・・・
 さっき車の中で思っていた感情が甦った。神聖な気持ちは、もうどこかへ吹き飛んでいたのだ。
 今度は私から唇を重ねた。目を閉じたアキラ君を眺めてから、おもむろに舌を彼の口の中へ進入させた。
 うくうく、アキラ君が悶えてから、女の子のように震えた。彼の舌を捕まえるのは造作もないことだった。舌先でそれを突っつき、絡めた。こんなの、彼はきっと初めてだろう。
 そのショックで目を白黒させているうちに、私はアキラ君のペニスを捕まえた。
「!!・・・」
 可愛いアキラ君を逃がさない。
 私の手の中で、熱く、獰猛に巨大化したペニスが、人形のように可愛らしい顔と不釣合いだ、そう思った。
・・・食べてあげたい・・・
 最後にもう1度、舌を絡めた後、私は浴槽に入り、うずくまった。胸までお湯に漬かり、手中の大事なペニスを見つめた。
 ピンク色。可愛いサーモンピンクしたペニス。食べたい。食べてしまいたい。
 頬を染めたアキラ君を見てから、口を開き、ペニスを含んだ。
「あ・・・ああ・・・」
 ぴくんとアキラ君が震えた。
 すぼめた唇でアキラ君のペニスを絞る。吸う。舌先で叩く感じ。
「あっ・・・」
 アキラ君が私の頭を掴んだかと思うと、
「あ、爆発しそう、です、ああ、身体が、爆発するっ!!」
 ブルブルっと身体が震え、あっという間に少年の精が、私の口へ注がれた。思いがけない早さだったので、対処ができずに、奔流のような勢いに私まで痙攣させられた。この時、エクスタシーのようなものを感じた。
「う・・・ううっ・・・」
 アキラ君はようやくすべてを放ち終えた。口の中一杯になった精液を噛みしめ、私は妙な幸福感に包まれていた。

 アキラ君に手を取られて、ゆっくりベッドに腰を落とした。私達の間には、もう、あんまり余計な言葉はいらないのだ。
「・・・」
 唇が重なったまま、私は身を横たえた。無言のまま、キスをしたまま、アキラ君が乳房に触れてきた。その肌の触れた箇所だけ、ひどく熱くて、
「う・・・あ・・・」
 声が洩れてしまった。途端に激しく乳房が揉まれ、痛みが身体に走った。ぎこちないながらも、アキラ君が揉む度、徐々に快感が、それと共に飢えたような切ない快感が訪れた。
「ア・・・アキラ君?」
「い、市・・・河さん、市河さん!」
 再度大きくなったペニスがお腹に当たった。2人の身体に挟まれて、ペニスから吐き出された、ヌラヌラした粘着質のようなものが心地よい。
 アキラ君の指が私に触れた。入口からどんどん離れていく。見当違いの場所へ遠ざかっていった。いらいら、私は焦らされたような気分になり、
「アキラ君、いいから、きて。」
 と訴えた。戸惑うアキラ君の腰を掴まえて、ペニスを握った。
 もう私には愛撫はいらない。早くきて欲しい、身体を合わせたい、1つになりたい。だって私、もうこんなにあふれちゃってる。
 恥ずかしいほどに、はしたないほどに、でもアキラ君が好き。大好き。アキラ君、さあ、早く私を。
 そんな焦燥感が私を駆り立てた。
 ペニスを私に当てて、少年をゆっくり引き寄せた。
「あ・・・」
「あっ・・・」
 2人は同時に声を振り絞らせた。
「ア、アキラ君が、私の中に入ってきてる・・・判る?」
「・・・う、うん・・・判ります・・・」
 鋼鉄の棒のようなペニスを奥まで招き入れ、私はしばらくアキラ君を抱きしめ、彼に抱きしめられた。
「どう?」
「どうって・・・不思議です。」
「動いてみて・・・ね?」
 心細げなアキラ君がいじらしい。彼の腰をそっと揺らしてやり、自分から動いて彼を求めていった。
「あ・・・あ・・・い、市河さん、何かすごい、すごいよおっ!」
 頬をピンクに染めてアキラ君が叫んだ。私が気づかないうちに、いつのまにか、彼は突き方を憶えたらしい。
 合わさった、こすれ合う部分から、火の柱みたいなモノが湧き起こった。その痺れに似た甘い疼きがだんだん広がった。
「アキラ・・・君っ!」
 懸命に身体を動かすアキラ君が、上から私を見つめていた。喘いでいたのを止め、私の瞳を覗き込むその瞳が、優しい光をたたえている、と思った。
「き、きれいです、市河さん・・・」
「ああ、アキラ君、私を抱きしめて・・・」
 首に手が回し、回され深く密着した部分が熱かった。
 今、私達は1つ、文字通り1つになっているのだ。身体も心も。切なくって、胸が痛くって、頭の芯が溶けそうなほど。  
 本当のセックスをしてるんだ、そう思った。
「あ、あ、ああ、ああ、私・・・」
 アキラ君が私を突く。
「あ、あ、あ、いい・・・」
 白い光がふんわり私を包んでいく。
「ああっ、ああっ、アキラ君、離さないで、離さないでっ!!」
 ガクガク、世界が揺れ、鋭い快感と幸福感が私を支配した。その瞬間、視界にアキラ君以外、何も見えなくなり、私は達した。
 今まで、こんなの、知らない、と思った。
 私の中へ精を吐き出すアキラ君を抱きしめ、彼を心底愛しいと思った。もう絶対、彼を離さない、そう思った。

「僕・・・男になったんですね。」
 私の胸に顔を埋めながら、アキラ君は呟いた。彼の髪を撫でながら、
「そうね。」
 としか、私は呟けなかった。
「囲碁しか知らなかったです、僕。」
 大名人のご子息。将来の名人になるサラブレッド。
 私は、そんなアキラ君を、自分の欲望のためだけに抱いてしまった。チリチリするように燃え盛った欲望のためだけに。
 いいのか、よくない、ううん、よくないって、そんなの絶対、判り切ってる。
「市河さん・・・」
 美少年は、私の煩悶など一向に気づかない素振りで、乳房を口に含み始めた。
「アキ・・・アキラ君?」
 もう私の声はアキラ君には届かず、彼は夢中になって胸を吸っていた。
 押し寄せてくる快感がだんだん大きくなっていく。先程の自分の悩みとぶつかり、今は快感の方が勝利した。
「・・・アキラ君ったら~」
 私の声は、いつのまにか華やいでいた。そしてアキラ君が触りやすいように、身体を移動させた。
 愛しさと、切なさと、そして若干の心苦しさが、心にしみていた。

 

(了)

 

亭主後述・・・


囲碁って、ルールがさっぱり判りません。オセロなら判るんですけど。(爆)梅沢名人は確かに美人なんですけどね。
ところで市河さん。下の名前も出てきませんが、アキラ君への対応がおいしくて、書いてしまいました。
彼女ってショタですよね~(笑)
「アキラ君がそう言うのなら。」「コーヒーとケーキつきで・・・」
おいしすぎる台詞だ~
でもアキラ君、髪切れや。(爆)
筒井君とあかりちゃんもいいネタになりそうなんだけどな。
ところで、私は漫画は読んでいないので、私の思い違いもあるかもしれません。その辺はお許し下さいませ。
感想をどうぞ。