グラナダの夜(カミーユヴァージョン)1 ~機動戦士ガンダム 逆襲のシャア~


 夜半に、ふと、人の気配で目がさめる。自分が敏感になったことを感じながら、薄く目を開けるとファが、俺の布団をかけなおしているところだった。嬉しそうな悲しそうな、どちらとも取れる表情に、ふと突き動かされてそのままファを抱き寄せた。
「あ……」
 突然の事に驚いたのか、ファが息の詰まったような声を出す。バランスを崩した彼女は、そのままこちらに体重を預けてきた。
「ごめん、起こしちゃった?」
 抑えた声で聞いてくるファに黙ったままキスをする。わからない。この感情が一体なんなのか。もどかしい。もどかしくて言葉に出来ない。苛立ちと高ぶりをぶつけるように、ファの唇を吸う。こちらを吸い返してくるので、きつく抱きしめた。
 あつい。あつい。体が。身体の内が。言葉に出来ない感情は制御できずに身体の中をかけて、そしてたやすく支配する。
「ああ、カミーユ!」
 ファが吐息混じりの声を出す。たまらず何度も重なり合い、舌を絡める。と、歯がぶつかり、カツンと頼りなげな音を立てた。
「好きだよっ!カミーユ」
 高くかすれた声が耳元で響く。ふと、自分のうでの中に有るものが圧倒的な現実感を持って感じられる。自分のものだ。と思うと気分が良くなる。
「ファ…俺のファ…!」
 耳元で所有を確かめるようにささやく。そしてそのまま身体を引き寄せくるりと下にする。上からファの事をじっと見ると、懐かしいような、新鮮なような気持ちになる。
 奇妙で、でも心地よい。…………幸福感?
 鼻の奥に生じた疼きを誤魔化すように、ファの胸に顔を伏せる。肌の匂いが、鼻腔をくぐりぬけて行く。ファの匂いは名前の通り花に似ていて、ああ、自分は欲情してるんだな、と今更のように気付いた。
 ぱちんぱちんと、感情の命じるままにネグリジェのボタンを外していく。体は熱くて、今にも沸騰しそうなのに、頭の中は奇妙に冷静になっていく。
 興奮してるのに。こんなに興奮してるのに。
 自分だけ脱ぐ事に抵抗を感じるのか、ファが下から手を伸ばして俺のパジャマのボタンを外しにかかる。けど、上手くいかない。俺はほとんどファを脱がしてしまっているのに、ファはほとんど俺を脱がせてはいない。
 焦りが、指伝いに伝わる。
「焦らないで。ファ……」
 落ち着かせるように、ファに言い聞かせて、自分から衣服を外した。そしてそのまま素肌で抱き合う。肌越しに、ファの血の熱さを感じる。
「ああん、カミーユ!」
 何が嬉しいの?そんなに、何が嬉しいの?俺とこういう風に出来る事?舌を唇、耳、ほほ、首筋に這わせて、ファの素肌を唾液で汚していく。
「ああ…………」
 ファは、目を閉じないんだね。ずっと俺の事見てるね。手指でも愛撫をする。お腹から手を滑らせて、下に持ってゆく。
「んっ!」
 乳首を口に含むと、流石にファが激しい反応を見せた。こりこりと転がしながら、乳房全体を愛撫していく。
 時折歯を立てると、それにあわせて、僅かに体が震える。
「アア、カミーユゥ!」
 気持ち良いの?気持ち良いの?ほっそりとしてるけどやわらかい身体が、しがみついてくる。
 ほとんど俺が寝たきりだった1年の間のブランクを埋めるように抱きしめてくる。おせっかいなファ。可愛いファ。黒髪がゆれてシーツの上に複雑な模様を作る。そして新しい模様を描くたびに、甘く香って俺をどきどきさせる。
 唇を重ねながら、探っていると、ファのか細くも見える手が伸びてきて、俺のに触った。
「あっ………カミーユが固くなってるぅ………」
 今更、わかりきったことを、と少し可笑しくなった。
「ファが欲しいのさ」
 ありがちなセリフで誤魔化した。それでもファは赤くなる。暗がりの中でもはっきりわかる程に。
 くちゅくちゅと水音がし始めている。ファの思いが形になって、溢れ出しているような錯覚を覚える。そのまま、もっと手を進める。突起から入り口、そして少しざらついている中。熱くて、ぬるぬるしてる。何度も何度もなぞる。なぞる度にファの声が高く、かすれて、細くなっていく。
「そ、そんな音させないで……」
 とうとうファが哀願してきた。なんだか許したくなくて、もっとそんな風な声が聞きたい気がして「誰にも聞こえないから、いいよ、もっと声出して。」
 そう嘘を言った。本当は、この家には、連邦の仕掛けた盗聴器があちこちにあるはずだ。アムロ・レイさえ軟禁状態だったんだ。俺たちが何も無く済む筈は無い。
 自分の嘘に目をつぶり、指を動かしつづけると、指は愛液に埋もれぴちゃぴちゃと音を立てる。そうしたらファが、もっとしがみついてきた。
「あっ!あっ!ダメ!!……んぅ!」
 ファが、哀訴の眼差しをこちらに向けてきた。ファは俺の事をほとんど触っていないのに、それでも俺は不思議と熱くなる。眸で、声で、仕草で。
 ファをベッドに横たえながら「いくよ」と宣言する。
「うんっ…………」
 ペニスを入り口に当てると、また詰まったような声を出す。何かに耐えているような、そんな声。その声を聞きながら、ファの身体を引き寄せ挿入する。
「あっ、ああんっ!!!」
 感極まった声。眉根を寄せて、酷く苦しそうなくせに、この上なく淫靡な表情。ずるい。ずるいよ。そんな声出されたら、そんな顔をされたら。
「いい、いいよっ、カミーユ!」
 必死にしがみついてくるファ。やわらかな乳房が二人の身体の間で形を変える。ずっとずっと、力をこめてるのがわかる。ファの腕。どうしてそんなに力をこめるんだ?どうしてそんなにきつく俺を抱きしめるんだ?どうして?何が怖いんだ?何を怖がっているんだ?どうして、そんなに不安げなんだ?ファ。どうして?
 じゅぷ、じゅぷ、ずぶっ。
 いやらしい音がする。連邦の人間に聞かれてるのだと思うと、フッとちりちりとした痛みが胸を走る。ファに隠し事をしてる事への罪悪感なのか、理不尽な連邦への怒りなのか、どこかで聞いてる第三者への嫉妬なのか、自分では解らない。或いはそのどれもなのかもしれないが。
「ああ、いい、いい!」
 いいって、何が良いの?俺とのセックスが、そんなにいいの?そんな風に聞いてみたかった。ねえ、嬉しいの?俺と、こんな風にしたかったの?ずっと?いつから?
 上気しきったファの顔を見下ろす。潤んだ眸がこちらを見つめ返す。暗がりの中でもファのきめ細やかな白い肌は、よく目立つ。それが今は興奮のために薄紅に染まっているのがみえる。たまらず声出して、名前を呼んだ。
「ああ、ファ、ファ!」
 東洋系の神秘的な顔立ち、猫に似た眸。汗がにじんで、少し冷たく感じる肌。判らない。この気持ちが。判らないままファを抱いてる。判らないけど、ずっとこうしていたいとか、ずっと、こうしたかったとか、そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐる回る。
 ふと、あまりに激しい動きをしているのではないかと気になった。
「痛くない?」
「あっ、あっ、ん……い、痛くないよ……あん、カミーユ!」
 名前を呼ばれると、脳髄がしびれるような感覚がする。コンプレックスだったのに、可笑しいね?どうしてファが叫ぶと、ファに呼ばれると、こんなに心地が良いんだろう。ずっと、耳に馴染んでいる声のトーン。アクセントのつけ方。いや、違う。そんなんじゃない。もっと、もっと…。
 キスをする。心地いい声が漏れる、その口をふさぐ。ファもキスを求めてくる。窒息してしまうんじゃないかと、心配になるくらい、キスを求めてくる。
 何度も身体を重ねるようになったけど、そのたびにどんどん馴染む気がする。今に、ひとつに溶け合ってしまうんじゃないかと言うほどに。その感覚は何時も俺の心の一番デリケートな部分に引っかかる。既視感と言う形で。
「あん、だめ!!だめっ!」
 とうとうファが、キスを止めて叫ぶ。汗のにおいが肌のにおいと混じり、最後の理性を吹き飛ばしてゆく。ファの柔らかな黒髪が、頬を撫でたその瞬間に、もうだめかもと直感した。
「ああ、俺も、俺も、ああ!」
低く、低く体を倒し、耳元で訴える。
「うんっ!いいよ、カミーユ!!一緒にいって、ね、あ、あん、い、いいっ!」
 ファが、汗ばんだ背中を抱きしめてくれる。柔らかな肌が何にも増して気持ちが良かった。天国って、こんなところだといいな、なんて漠然と思ったりする。それでも律動は早くなってく。もう、自分でコントロールしてるとは思えない。
「あ~ん、だ、だめぇ!!」
 その声が逆に引き金となり、ペニスの先端に焦燥感を感じた瞬間、慌てて身体から離れて引き抜こうとした。が、ファがぎゅっとしがみついたまま離してくれず「あ」と、小さくわななき、俺はそのまま体内に射精していた。

 シャワー室から、水音が聞こえる。ファがシャワーを浴びている。俺の精液も流してるのだろうか。下らない想像。
 ファがさっきまで横たわっていたベッドに身体を伏せると、ファの残り香が鼻腔をくすぐった。ファは、俺にどうして好きにセックスさせるんだろう。さっきもろくな避妊をしていない。ファの、真意を測りかねる。
 もしかして、俺との子供が欲しいのかと、ぼんやりと思いながら目を閉じると、思っていたよりも疲れていたのか、すぐに睡魔が襲ってきた。

 あごに手をやると、無精ひげの伸びたあの、独特なザリっとした感触があった。徹夜明けの眼に木漏れ日がまぶしい。ましてや白衣を着ているから、自分の身体からも光は照り返してくる。くらくらするほどの光を受けながら、俺はファとの待ち合わせの場所に急いだ。
「おまたせ」
 背伸びをしているファに声をかけると、自分でも間が抜けていると思う声が出た。それでもファは嬉しそうにこっちを見やって、「ううん」と、小さく言った。
 バスの時間までいささか間が有る。二人で並んで、公園のベンチで時間を潰す。そうこうするうちにグラナダ市は朝の通勤時間帯を迎え、人通りがだんだんと激しくなってきた。
「カミーユ、今度出勤いつ?」
 ファの声も眠そうだ。「う~ん、夕方に行くんだ、家帰って寝たいよ。ファは?」
「へへ、私は明日の朝、通常勤務だよ。」
「ずるいな、ファは……さあ帰ろうよ。もうヘロヘロなんだ」
 多分、随分説得力があったんじゃないかと思う。
 ベンチから立って、バス停まで向かう。オフィス街とは反対の、郊外へ向かう路線のバス。座れるのはいいけど、油断するとこんな時は寝過ごしたりもする。
 途中これから出勤する同僚とすれ違った。
「フランクさん、おはようございます。夜勤お疲れ様でした。」
「あ、おはようございます」
 自分に向けられた挨拶を、機械的にこなす。この「フランク」と言う名前にも随分なれてきた。自分はもう、あのカミーユ・ビダンではなく、フランクという医者の卵なんだと言う、実感がある。姓はファの方から、フランクは自分の親父から取った。本当は父から取った名前など、名乗りたくは無かった。愛人に溺れ、家庭を顧みなかったあんな男の名前なんか。
 でも、せっかくファが考えてくれたものだったし、現実問題として「カミーユ・ビダン」と言う名前を持ったまま、グラナダで生活していくのには無理があった。
 自分の、名前だけが一人歩きしている。そんな奇妙な感覚がある。別に英雄になったつもりは無かったし、スペース・ノイドの為に戦ったと言う実感も無い。ただ、苛立ちを戦場で会ったMSにぶつけていただけのような気がするから。
 でも、それだけで生き残ってしまった。苛立ちをぶつけただけで。戦争を生き残って、戦果を上げてしまった。確かに、結果だけ見れば俺は英雄と言えるかもしれない。
 グリプス戦役終了時、俺は精神崩壊を起こしていた。そんな俺を助けてくれたのは他でもなく、ファ・ユイリィだった。はじめ地球のダブリンにいたらしいが、アクシズのネオ・ジオンによる、コロニー落としを辛くも避け、再び宇宙に上がり、今は月から地球を見下ろしている。
 ブライト艦長の尽力で、新たに俺は戸籍を取得できた。それが今のフランク・ユイリィという名前だ。さらにブライト艦長は学校の手配まで手伝ってくれた。ファは看護学校へ、そして俺は医者の学校へ行き始め、現在に至る。
 正直、技術者の方が向いてるんじゃないかと思ったが、もう戦争に関係する、或いは関係しそうな仕事は真っ平だったし、命が無駄に散るのを見過ごすよりは、自分で努力をしてみたいと、そう思ったから、あえて大変だとわかっていながら、俺は医者の道を選んだ。
 先にダブリンでの実習経験があったファは、半年ほど前から正規看護婦として、勤務できていたが、俺はまだまだだった。正式な医者とともに臨床には参加するが、いまだ学生で、生活はファに頼りきりだった。俺は、それがあまり面白くない。

 バスで15分ほど行った所に、俺とファが暮らしているアパートは有る。何時ものように、帰ろうとしたが、何時もと違うものがある。それはアパートの前に止められている、見慣れない高級なエレカだった。
 エレカはあまりにノーブルでスマートで厭味なほどだった。この安普請のアパートの前では存在が浮きこそすれ、絶対に似合わない。あまりに不自然で、あまりに目立っていた。それは懐かしい誰かを彷彿とさせたが、同時になんだか酷く嫌な予感もした。
 エレベータを降り、疲れた身体を引きずりながら、二人で部屋の前に着くと、非常階段用の扉がギイと開き中から屈強そうな男が一人出てきた。ダークスーツを着てサングラスをした男。それが俺たちの目の前に歩み寄ってくる。男には、いかにも「危険」な匂いがした。「腕」で食べているものが発散させる独特の匂い。
「……失礼、ファ・ユイリィさんと……カミーユ・ビダン君ですね?」
 頭で考えるより体が先に動いていた。鍵を探すために無防備に立っていたファと男の間にすばやく割り込む。
「近づくな!」
 そういったあと、一瞬しまった、と思った。空手の構えを取りながらも、喧嘩を売ってしまった自分を少し後悔していた。相手はもしかしたら、プロだ。だとしたら、かなうはずも無い。
「おお、驚かせてしまって申し訳ありません、危害を加えるつもりは全く無いのです。」
 男は少し大仰に驚いて見せた。恐らく、敵意はないと言うアピールのつもりだろう。俺の本名を言ったと言う事は、俺に用があるのだろうか?判らない。
 ともかく、みすみす相手の言うなりになるつもりは毛頭無かったので、空手の構えを崩さずに、そのまま男と対峙した。
「あなた方に会いたいと言う人がいるのです。」
「………誰だ?」
 エレカを見たときに感じていた、嫌な予感が増幅する。警戒心を解かぬまま、俺は噛み付くように男に聞いた。
「そ、それは………」
「名乗れないなら、会う必要も無い!」
 聞きたくなかった。聞いたら、相手に会わなければならなくなる。嫌な予感の元凶の相手になぞ、会いたくも無かった。
「ああ、悪いお話ではないのです。」
 男は慇懃な態度を崩さない。その態度がますます神経を逆撫でしてゆくのがわかった。
「…………どうだかな、誰だ、俺たちに会いたいって言うのは。」
 わざと激しく詰問する。こうすればもしかしたら引き下がらざるをえないかもしれない。さらに追い討ちをかけるように言った。
「言えないのか!!」
 その瞬間、もう一度非常階段の扉が開いた。俺は入ってきた男の姿を見て、今しがたのやり取りは、総て茶番劇になってしまったと、そう感じた。

 スーツ姿でサングラスの男。一目でそれと判る、高級なしつらえのスーツ。すんなりと伸びた身長に、しっかりとした腰つき。覚えている。この男を、確かに覚えている。匂いが。気配が。そんな抽象的なものでなく、確かにサングラスで隠れてはいるが、この顔を覚えている。確かに。確かに。
「相変わらずだな、フランク…いや、カミーユ……それに元気そうで何よりだ、ファ・ユイリィも。」
 声が記憶の底に沈んでいた人物の名前を表層に引っ張り出した。
「あ、あなたは………」
 思ったより高い声が出た。すぐに声を落として続ける。
「ク、クワトロ・バジーナ大尉」
 嫌な予感の元凶。声には、嫌悪感がにじんでいたかもしれない。

「いやあ、すまないな、徹夜明けなんだろう?」
 言葉の割にはあまり悪いと思っていない様子で、屈託無く笑う。小さな部屋のソファに座り、俺たち二人を観察するように、見やる。どうして徹夜明けなのを知っているんだろうと内心思ったが、俺たちの様子から判断したんだと、そう思うことにした。
「コーヒーどうぞ。」
 急な来客だと言うのに、ファはきちんともてなしている。
「ありがとう、ファ……しばらく見ないうちにますます美人になったね。」
 それがあなたの何時もの女を口説くやり口か。そう思いながら僅かに睨んだ。ファもあっさりと乗せられて、「そ、そんな……ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです。」
 なんて言っている。
 クワトロ大尉は本当に優雅に見えた。あまりにも、ノーブルで、スマートで、厭味なほどの存在。アパートの前のエレカと全く同じ。この部屋には似つかわしくない人物。多分それは、「場」というものに溶け込もうとしていないからなんだろう。良くも悪くも、クワトロ・バジーナという人は、自分を変えない人だということだ。
 どうして、この人と会うのに、あんなに抵抗があったのか、よく判らない。それでもまだ何か、燻っている気がする。盗聴器があるために、確信をつく話はまだ出来ない。さしさわりの無い話をしながら、俺はクワトロ大尉をじっと見据える。確か、もう30代半ばのはずだった。
 もしかしたら、と思う。もしかしたら「何か」が燻っているのは、俺ではなくて、目の前のこの人かもしれない。目の前のこの人の、何かが燻っていて、それを俺はなんだかとても嫌なものと感じているのかもしれない。そう思った。
 大男は影のように、クワトロ大尉に付き従っている。コーヒーカップをすする姿はそのままコミック誌にワンシーンとして、出てきそうなほど滑稽にも見えた。その光景を確認してから、クワトロ大尉がこう切り出した。
「テレビを見たいが、いいかな?」
 ようやく、本題に入るのかと思うと、ほっとした。いいかげんこの雰囲気に耐えられそうも無かった。早く、すっきりさせたい。どんなに嫌な事を聞くことになっても。
「やっと本題ですね。クワトロ大尉」
 テレビをつけ、音量を上げ、初めて俺は目の前の男の名前を口にした。
「ふっ、さすがはカミーユ・ビダン」
 ファがあっとした表情になる。可愛いけど、少し鈍感すぎるよ。ファ・ユイリィ。
「これで盗聴されないだろうな。少々やかましいが私の話を聞いてくれ、カミーユ、ファ。」
「と、盗聴?!」
 ファが声を荒げる。本当だったら、盗聴されてるなんて、知らないで日々を過ごさせてやりたかった。知らなければ、その人間にとって、それは無いものと同じだ。そのまま、盗聴されてるなんて知らなければ、このまま気付かないふりをして生活できたのに。
「あのアムロ・レイですら、一年戦争後はずっと北米に軟禁されていたのだ。ましてカミーユとファだって、監視されていても盗聴されていても不思議じゃあるまい?」
「そんな………知りませんでした」
 やっぱり気付いていなかった。俺だって別に確信があったわけではないけど。なんとなく、予想していた事だった。だからファに「知ってた?」と聞かれても。ただ、黙ってうなづくだけにした。
「まさか、家中に?」
 ファが、不安げに聞いてくる。この部屋で何度も俺に抱かれたんだ。もちろんそれだけじゃないだろうけど、その嫌悪感たるや計り知れない。俺が口を開く前に、クワトロ大尉が答えた。
「計測したらあちこちにあるみたいだな…変わってないよ、連邦のやり方は。まあ、アムロのように軟禁されるよりはましと言うものだがな。」
 夜の生活も盗み聞きされていると、ファの疑惑は確信に変わったようだ。表情がみるみる曇っていく。もしかしたら後で、怒られるかも知れない。
「………で、クワトロ大尉、今日いらしたのは、そんなことを教えにきたわけじゃないでしょう?」
 あなたはそこまで人が良くないはずだと、その一言をとっさに飲み込んだ。
 嫌な予感は続いている。目の前のクワトロ大尉からは、嫌な燻りがずっと感じられる。でも、聞かないわけにはもういかない。この人も、話さずにこの場を去るということは考えられない。
「連邦が、サイド5のスウィート・ウォーターを難民用に開放したのを知っているか?」
「ああ、ええ、知っています」
 サイド5のスウィート・ウォーター。フッと前にニュースで見た、その不恰好なコロニーの全景が頭の中で像を結ぶ。不恰好なのもその筈で、密閉型とオープン型を無理に接続させて作った、宇宙難民用の間に合わせの代物。人が住む所ではないと、遠まわしにそう言っていたニュースキャスター。
「何でも酷い所だそうですね。」
「連邦の何時ものやり方さ。人口密度、環境、その他すべてが最悪の場所だ。」
 そう、クワトロ大尉が吐き捨てた。連邦の、やり口。その言葉が、引っかかった。さっきからずっと感じている嫌な予感の、本質のようなものに触れた感覚。
「………スウィート・ウォーターって言うのは、名前ばっかりですか………」
 事実とすれば(いや、事実なんだろうが)なんとも皮肉な名前だ。少し、悪趣味ですらある。
「ああ、連邦は、それを作ったらあとはもう知らんとばかりに、管理さえ満足にしない。人間を閉じ込めたら、もう終わりって訳さ。許す事のできない犯罪行為だ。」
「………大尉………まさか」
 嫌な予感。これだ。これが、この人の目的。この人の中で燻っているもの。
「………まさか大尉は、戦争を起こすつもりじゃないでしょうね!」
 それはもはや確信だった。この男。なんて事を!
 我知らず、身体が机に乗り出していた。噛み付くようにそう言及すると、クワトロ大尉は少し驚いたような顔をして笑った。もっともその顔も、今の俺にはとてもわざとらしいものに思えたが。
「驚いたな………いや、さすがはニュータイプ、といったところか」
 そんなこと、あんたの心に触れないでも判る。
「ふざけないで下さい!」
 今や俺は完全に頭に血が上っていた。戦争。戦争。戦争。この単語は、俺にとっては劇薬だ。未だに、グリプス戦役時の周りの人間の死が、自分の周りに漂っているのを感じる。でも、動じない。この男は、動じない。
「そうだ。その通りだ。」
 そう、冷静に宣言した。そのとき初めて、この人は自分を変えないのではなくて、周りがどうでもいい人なんだと、今更ながら、判った気がした。
「ぬるま湯につかった連邦の地虫どもに、鉄槌を食らわすのだ。」
 何様だろう。この人。人が死を持って人を裁く事など、誰にも出来はしない筈なのに。無駄だと、心のどこかで思いながら、言葉を続ける。
「…………考えても見て下さい、一年戦争からこっち、何人の人が死んだと思ってるんです?!」
 恐らく、彼にはそんなこと、関係ないはずだ。判ってる。判ってるけど。
「だからこそ、だからこそ…………もう二度と戦争を起こさないようにするのだ。恐らく、これが最後の戦争となるだろう。」
 どこからそんな自信が出てくるのだろう。戦争は狂気だ。ただ一人の人間の思い通りに動くものではない。この人は、その事を知っているはずではないのか?本当に、人の死がどうでもいい人なんだ。そう思うと、もうたまらなかった。感情が上手く制御できない。思うよりも早く、身体が動いていた。
 胸倉をつかみ、拳を振り上げる。
「貴様、修正してやるっ!!」
 たぶん。人が暴力を持って人を裁く権利などない。だから、俺が殴る権利もない。でも、そうせずには居られなかった。
 俺の拳は届かなかった。あの大きなボディーガードの男が、俺を押さえ込んだのだ。なんとなく、予想は出来た事だった。それでも殴ろうとした俺が馬鹿だから、その事については、あまり腹立たしくは無い。でも、そんなことを考えさせたクワトロ大尉は、多分もっと、馬鹿で、凄く腹立たしい。
「離せ、こいつを殴ってやるんだ!離せ、離せったら!!」
 腹立たしい。物凄く。多分無駄だって、判っているが、身体をうごかし戒めを解こうとする。当然ながら外れない。最もこの程度で外れていたら、ボディーガードと言うのにはあまりにお粗末だが。
 その間にクワトロ大尉はソファに座りなおす。そして俺の方を見た。厳密には俺を抑えているボディーガードに視線をやったのだ。そうすると、ようやく男は身体を離してくれた。
「はぁ、はぁ、大尉、止めろ、戦争なんて……………」
 息を整える間もなく、言う。無駄だ。多分。何を言っても。もう彼には。
「では本題に入ろう。ずばり、カミーユ・ビダン、私に力を貸せ」
 何?何を言っているのか……判らない…。ただ、ファの「え!」という声だけがやけにリアルに耳に響いた。
「このままグラナダで、連邦のクズどもによる飼い殺しの生活を受けていても仕様があるまい。それよりも、私に力を貸せ。一緒に連邦を倒すのだ。」
 判らない。判りたくない。でも、だんだんとクワトロ大尉の言葉が自分の中に浸透していく。いやだ。染み込むな。こんな言葉。でも。理解する。理解してしまう。いやだ。戦争。戦争がおこるのか?もう一度、俺に人を殺せといっているのか?そうなのか?
「大尉」
 頼りなげな少年のような声。震えた声。まるで他人の声を聞くように、自分の声を聞く。
「大尉、あなたが何を言っているのか、全然判りません……」
 もっと、力をこめて言わなければ。判らないんだから。この人には。でも、力が入らない。どうしてしまったんだろう。
「優秀なパイロットが必要なのだ。グリプス戦役の英雄、少年天才パイロットだった、カミーユ・ビダン。お前の力を欲しているのだ。私は知っているぞ、カミーユ。」
 何を?あなたが、何を知っているというのだろう。俺の何を?人を殺す事の意味を?
「な、何を知っているんです?」
 ファの声が震えた。どもっているよ。もっとしっかり言わなきゃ。ファ。
「あの戦いで、カミーユが廃人になってから治るまでのすべて、をだ。」
 ああ、なんだ。そんなことか。そんなこと。
「大尉……」
 呆然と大尉の方を見やると、大尉はこちらに身を乗り出してきていた。ああ、そうだね、この人は、自分の信念を持っている人だったね。
「連邦はお前に何をしてくれた?ファの献身的な介護だけが、貴様を治してくれたのではないか?ちがうか?」
 そうだ。そうだけど。でも。でも人を殺すのはいやですと、何故かいえなかった。確固たる信念を持っている人に対して、情熱を持って道を突き進んでいる人に対して、何を言っても無駄だということを、どこかで納得してしまっていたからかもしれない。怖いな。信念って。とても怖いな。
 かくん、と頭を下げる。なんだか少し頭が重かった。ファの顔をみたいのに、頭が重くて、とてもそのほうに顔を向けていられない。
「ファだけがお前を癒してくれた、だが連邦は何をした?してくれた?…お前を追いやるように地球に下ろして、知らん顔だ。治ったら治ったで、今度は、アムロと同じように監視付の生活だ。スウィート・ウォーターの件と変わりあるまい。」
 口をふさいでしまいたい。でも、何故か全身が重い。体が動かないまま聞いていると、いつのまにかクワトロ大尉が俺のそばに来て、肩に手を置いた。そして「カミーユ」と言う。俺の名前。止めて欲しいと思う。あんたに、名前を呼ばれたくない。もっと違う声で呼ばれるために、この名前はあるはずだ。あったはずだ。でも、そんなことお構い無しに、クワトロ大尉は熱っぽく続ける。
「カミーユ、私と一緒に来い。真のスペースノイドによる自治を獲得するのだ、私に手を貸せ。」
 いやだ。と思うのに口が動かない。顎が石で出来たように、重い。
「や、止めて!!大尉!!」
 心地よい声が耳に響く。此の世に俺をつなぎとめる声。此の世と俺をつなぐただ一つの糸。次の瞬間には、温かいファの腕の中にいた。柔らかい花の匂いのするファの腕の中にいて、初めてクワトロ大尉の手が冷たかった事に、気がついた。
「もう、カミーユを連れて行かないで!そっとしておいて!監視されたっていいじゃない!!盗聴されたって構うもんですか!」
「ファ…………」
 たじろいだような、クワトロ大尉の声を、まるで遠くにあるもののように聞く。俺を抱きしめたまま、ファは激しい調子でさらに続けた。
「今は、生活だって豊かじゃないけど、それなりに幸せなの!放っておいて頂戴!!カミーユと私のささやかな生活を壊さないで、お願いだから邪魔しないでよう!」
 声に湿り気がある。泣いてるんだ。そう思えたら、なんだか自分の目の奥も熱くなってじんじんしてきた。
「…………今日のところは退散するとしよう。カミーユ、しばらくグラナダのホテルに滞在している、その気になったら来たまえ。」
 そういって、俺たちを引っ掻き回すだけ引っ掻き回したクワトロ大尉はボディーガードと一緒に出て行った。
 ファは泣いている。ファが泣いている。ファも泣いている。鼻の奥の疼きはまだおさまらない。泣いているのに、こんなに泣いているのに。ずっとずっと泣き続けてしまうかと思った。そしたら。そしたら本当に泪って、枯れるんだろうか。そんなことがふっと頭に浮かんだけれど、すぐに消えた。
 
 そのあと、二人でひとしきり寝た。徹夜明けで、本当に疲れていたはずなのに、あんなことがあったためか、少し夢を見た。内容はあまり覚えていない。フォウが、出てきたような気がする。具体的なことはそれだけしか覚えてない。あとは、抽象的な感覚ばかりだった。悲しかったような気もするし、嬉しかったような気もする。でも同時に、憎まれているような記憶があって、酷く不快だった。
 シャワーを浴びて、寝汗と、夢の残滓を洗い流す。ファは先にシャワーを浴びて、今は夕食を作ってくれている筈だった。
 排水溝に吸い込まれていく湯を見ながら、どうしてあの人は宇宙でもう一遍戦争を起こすんだろうと、そんなことを考えた。今は、此処に居たい。もう二度戦争には行きたくなかった。人を殺すのが怖かった。人に殺されるのが、怖かった。
 バスタオルを巻いたままの格好でキッチンへ行くと、ファがバスローブのまま食事を作っている。そして俺の気配に気付いて振り向いた。
「あ、おきたのね、ごめんなさい、急いで作るから……」
 泣いていたのに。さっきまで、あんなに泣いていたのに。泣くと、うんと小さな女の子みたいなのに、それでも今ここで、強がる事のできるファ。ファは……戦ってる俺が好き?
 手放したくなくて、見捨てられたくなくて、確かめるように抱きしめる。
「ど、どうしたの、カミーユ!」
「………ファはどう思う?」
 わかってる。行かないでって、言ってくれるのはわかってるけど。それでもファの口から聞きたい。だから、「今日のこと?」と聞かれて、そのまま子供のようにこくんとうなづいた。
「行かないで、絶対!!……お願い、もう2度とわたしから離れないで!グラナダで勉強しよ?グラナダがいやだったら、どっか違うところ行っても良いから、ね?」
 また鼻の奥につんとした、疼きが走る。その疼きを誤魔化すように、ファの胸を無言のまままさぐった。
「か、カミーユ……?」
 ファが、不信げに問う。セックスは、安易な確認手段だ。それだけじゃない。それだけじゃないけど。答えが、何とはなしに欲しい。ねえ?ファ。もう大きくなってるんだよ?
 俺の体の反応に気付いたファが、手を振り解き、くるりとこちらを向いた。そして、バスローブをめくりながら「………いいわ……来て、カミーユ………」
 と、そういった。

 ファの身体からから流れるようにバスローブが滑り落ち、誘うようなラインがあらわになる。ファはそのままお尻を高く上げている。その為に、足の間にあるファの綺麗なセックスが、きらきら濡れそぼって密やかに息づいているのがよく見えた。
「きて、早くぅ………」
 ファが、感極まった声を出す。うん、わかってるよ。だって。
「ファのここ………凄く濡れてるよ………」
 身体は正直だよね。ファ。
「ねえ、早くきてよぉ、あ………」
 ファの哀願に応じるように、腰を掴み、一気に奥まで挿入する。瞬間、ファの哭き声が一段と高くなる。
「ああ、ああっ、あ、あ、ああ!!」
 激しい律動にあわせて、ぎしぎしとキッチンも悲鳴を上げる。忘れたいな。何もかも。そうやって、ファの身体に縋りつくのは、逃げなんだろうか。ファは、ずっと声を上げつづけてる。聞こえてるんだよ?連邦の諜報部員にさ。いいか。いいよね。もう、全部。どうだって………。ファが、気をやったらしい。一瞬からだがこわばる。
「可愛いよ、ファ、もっと感じてよ………」
 世界に、二人だけしかいなかったら、楽なのに。
「あ、だめ、私またっ、あ、あ、あ、あ、やん、ああっ!!」
 へんなの。何がダメなんだろ。でも、セオリーだよね。そういう風に言うのって。言いながら腰ががくりと崩れてしまったファを、流し台の上に乗せてやる。激しく突く事はできないけど、これで、ファと密着できる。
「あうっ!!」
 ファが抱きついてくる。キッチンに浅く腰をかけ、深く俺自身を受け入れる。ね、キスしよう?キスを。キスしながら、してあげるよ。
「ファ、ファ、もっと声出して、感じて、気持ちよくなってよ。」
「うん……でも……あ、ああ、あっ、は、恥ずかしい………」
 理性が、溶けてく。何も考えられなくなっていく。
「いいさ、可愛いよ、ファ!」
 もう自分でもなにを言ってるのかわからない。ただ、触れたところが熱いとか。汗で肌が湿ってるとか。そういうことしか。
「うん……嬉しい……嬉しいよう、カミーユ、私を愛してよ、愛してよ、ああ、もっと……あ……いい、あ、もっと、愛して……ああっ!!」
 ファの必死の哀願が可愛い。ねえ、もっとその声を聞かせてよ。ねえ、好きだよ?男の下半身は、別人格だって言うけど、女の子の下半身だって、別人格だよね。こんなに貪欲に俺を飲み込もうとしてさ。ねえ?またいく?いきそう?
「ああん、いく、いくう!!」
 ひときわ激しく飲み込まれる感覚が襲い、小さく呻き声を上げる。直前に出そうとしたのに、そのままファの体内に射精する。
 ファが、そのまま俺にしがみつきながら、濡れたひとみでこちらを見つめる。そのまま誘われるように唇を重ねた。セックスをした後は、いつも幸福感が支配する。

 結局、俺は、しばらく病院に行くのを休む事にした。

(続く)

続いたら…いいな。

はあはあ、どうでしょう。
初めての、ガンダム小説。初めての完結させた、官能小説。です。はあはあ。
すいません馬鹿琴さん。かってに使用しちゃって。
ちょっと、カミーユの心情というものが、気になったもので。はあはあ。(息切れ)
2章目も、許可がいただければ、頑張って…ひとつ……はあはあ。
あーちなみに、性器の事を「セックス」というのはアン・ライスの「眠り姫、愛と官能の旅立ち」に由来します。ハイ。


(亭主口出し)
今や寄合所お馴染みの、みるみるさんことみるとんさんから、えっち小説を頂きました。
私の「グラナダの夜」、言わばファヴァージョンですが、カミーユの視点から書いて頂きましたよ。
1人称の物語だからこそ、できるんでしょうね、ありがとうございます。
しかも、繊細なカミーユたん、ファを求めまくっています。うう、私よりえっちだ……
読みながらどきどきしてる私って、一体?(爆)
これは後半も期待しちゃいますね。