冷たい雨 ~サクラ大戦~

 

 降りしきる冷たい雨。
 街並みを濡らし、凍えさせていく。街並みだけでなく、そこに住む人をも、そしてその心さえも凍らせていく。
 うんざりするような、くだらなくも長い会議の後だけに、暖房を効かせた車内にいてさえも、人肌のぬくもりが恋しかった。
・・・今夜は、大神君におねだりしちゃおう・・・
 劇場に着いた後、湯浴みをし、身体を清めてから、赤葡萄酒の壜でも持って、私を待つ大神君の部屋にそそくさと忍んでいくのだ。
・・・そして、その後・・・
 考えただけで、身体の奥がじゅんと疼いた。
 外が寒いだけに、早く大神君に抱かれたい、と思った。
「よく降りますねえ。」
 運転席のかすみが物憂げな声で言った。
 慎重派の彼女らしく、車の速度は落としてあった。激しく窓を叩く雨を思えば、それも当然のことか。
「・・・そうね。」
 劇場に早く着きたい、だけど事故を起こせば、帝国歌劇団と言えどもただでは済まないのだ。
 大神君とのことに心がどうしても吸い寄せられてしまう。のろのろ進む車が今は恨めしかった。

 その時、街並みにぼうっと白い光が見え、人影がおぼろに見えた。その顔つきに見覚えがあり、私は叫んでいた。
「とめて!」
「え、ええっ!?」
 かすみは慌てて、車の停車装置を踏んだ。道がすべり、車がやや回転しかけたが、幸い誰も歩行者はいなかった。
 私は扉を開け、雨降る外に飛び出した。
「副司令!副司令!!」
 背後からかすみの呼ぶ声がしたが、構わずに駆け出した。銀座の街並みを飾る赤い煉瓦も、今は雨に黒く煙り、これ見よがしと道端に植えられた、たくさんの柳が風に揺れていた。
 いない、いない、誰もいない。
 私の錯覚だったか、幻だったか。
 柳の枝が私を嬲るように冷たく頬に触れた。陸軍支給の外套が、冷たく重く濡れていった。
・・・こっちか・・・
 路地を1つ折れた。人の、いやかつて人であったはずの魔性の気配を頼りに道を走ったが、すぐに行き止まりになった。
・・・違ったのね・・・
 やはり、私の見間違いだったのだろう。大神君とのことに気を取られて、私は昂ぶっていたのだろう。
 あきらめてため息を吐き、かすみの待つ場所へ戻ろうとした時、
「俺を探しているのか?」
「!」
 私はゆっくり振り返った。
「しょ・・・少佐・・・」
 やはり、少佐が立っていた。但し、かつての陸軍制服ではなく、侍のような着物を身にまとい、頭に竜をかたどった面当てをつけていた。
「相変わらず、米田の下で動いているのか?」
 少佐、山崎真之介は、私の躊躇をいいことに近づいてきた。
・・・やはり、この男が黒之巣会にいたのか!・・・
 懐から拳銃を取り出し、目の前の異形に突きつけた。
 少佐は拳銃に目を寄せたが、ふふんと笑うのみで、足を休めなかった。
「撃てるか?お前に撃てるのか、この俺を。」
 将星に少佐の胸が合わさった。だが、いくら力を込めても込めても、撃鉄は落ちなかった。むしろ腕は痙攣し、胸の鼓動が激しくなり、自分の身体じゃないような気がした。
「さあ、撃て!今、お前の目の前にいるのは、帝都を惑わす葵叉丹なのだ、さあ、撃て!」
 少佐が銃口を自分の心臓に当てて、不敵にも言い放った。
・・・さあ、撃ちなさい、あやめ、敵の心臓を!撃つの、撃つのよ!!・・・
 しかし、銃口はただ震え、冷たい雨にその銃身を濡らすだけだった。
「撃てないか、あやめ・・・お前に1つ質問しよう。俺達が昔情熱をかけ、真宮寺がその身を犠牲にしてまで守った帝都に、なぜ再び降魔が現れるのだと思う?」
「?なぜ・・・降魔が?」
「そうだ。どうして降魔が現れるか?」
 冷たく少佐は笑った。

 あの頃、私達はたった4人だけの対降魔部隊だった。
 日本橋周辺に現れた降魔達は、甚大なる損害を与え、破壊の限りを尽くして回った。警察はもとより陸軍の兵器でも、彼等を殲滅することはできなかったのだ。
 この日のことを予見していた米田一基陸軍中将は、北辰一刀流の達人の真宮寺一馬大佐と共に、剣と「心」による帝都の霊的守護のために、対降魔部隊を結成したのである。
 私の他に、もう1人。それは、剣と「心」以外に、軍事技術者として輝かんばかりの才能を持っていた、山崎真之介少佐であった。新進気鋭の技術者であり、また、魔を退ける力を持っていた彼に、私は惹かれた。
 降魔を殺し続けることに、内心、辟易していたのかもしれなかった。拭っても拭っても、降魔の返り血を浴びた手が一向にきれいにならない悪夢に、夜な夜なうなされていたのだ。

 ある晩、私はとうとう少佐に抱かれた。それ以来、彼が設計する霊子甲冑の設計図の出来、不出来具合に私達は一喜一憂した。
 できた、そう少佐はため息を吐き、横でずっと待っていた私に微笑み、2人して寝台に重なっていく。
 だめだ、そう少佐は半ば絶望めいた視線で、私を眺め、私がそっと肩に手を掛けると、2人して寝台に重なっていく。
 このことを米田中将も、真宮寺大佐も多分、気づいていたに違いない。
 それでも私達は構わなかった。私は少佐を愛していたし、彼の役に立ちたかったから。そして、愛されていたから。毎夜のように、私は抱かれた。
 あの日がくるまで。対降魔部隊最期の日がくるまで。
 真宮寺大佐と山崎少佐がいなくなる日まで。

「お前は気づいていただろう。」
 少佐は話を続けた。
「倒しても、倒しても降魔が現れ続けることの意味を。」
 そう。私はとっくに知っていた。
「人間がこの世にいる限り、降魔は現れ続けるのだ。真宮寺の死、犬死以外の何物でもない!」
「い・・・ぬ・・・じ・・・に・・・?」
「そうだ。降魔は人間の心の闇を糧とする。即ち、帝都は、人間が滅びぬ限り、降魔を産み続けるのだ!」
「!」
 少佐は、もはや力を失った私の腕を押しのけ、私の耳に近づき、
「あやめ、力を貸せ。」
 と囁いた。
「米田の下にいても、もう何にもならん。どうせ帝都は滅びるのだ。なあ、力を貸せ、昔のように俺の傍にいろ。そして、昔のように・・・」
・・・昔のように?・・・
「昔のように俺を愛せ。」
 少佐は私を抱きすくめた。抵抗しても、離れようとしても、無駄だった。
 山崎真之介を愛していたから。今でも愛しているから。
 唇が重なり、冷たい舌の感触に私は溺れた。夢魔の世界に堕ちた、途切れ途切れの意識でそう思った。

「あやめ、あやめ・・・」
 少佐が、あの頃と少しも変わらずに甘い声で私を呼ぶ。
 煉瓦の壁に顔を預けたまま、振り向くと口を吸われた。
「ん・・・く・・・んっ・・・ん・・・ああ・・・」
「昔と変わらず、上等の甘露のような味だな、あやめよ。」
 そう言って、少佐はまた冷たい唇を重ねた。
 熱く火照った身体が、少佐を求めていた。
 不思議だった。
 制服と外套を着たまま、後ろから少佐に貫かれているというのに、降りしきる雨は私達を避けていたのだ。
 それだけではない、ぼんやりと蛍の光のように淡く、怪しい光が、私達を包んでいるようだった。
「ああ、あ!」
 私をえぐる貫きに一瞬達した。
 だが少佐は手を休めずに、更に腰を奥へ打ち込んだ。体内すべてが少佐で満たされ、ここが屋外であることも忘れて、私は叫んでいた。
「ああ、ああっ、あん、い、い、い、いいっ!!」
 はしたなく、淫靡に喘いだ。
 この時、帝劇のことも黒之巣会のことも忘れていた。脳裏から、少佐とこの快楽を追い求めること以外、すべてがきれいさっぱり蒸発したのだ。
「あん、ああん、い、い、いくう!!」
「昔と比べて、かなり敏感になったな、米田と、大神とかいう小僧のせいか?」
「・・・あ、ああ、あんっ!!」
「答えろ!」
 少佐の動きが止まった。触れ合っているお尻が、どうしようもなく熱かった。
「お願い・・・動いて・・・山崎少佐・・・う、ごいて・・・お願い・・・」
 返事する代わりに、少佐が制服の上から、胸を弄った。膨らみを掴まれ、また快感が身体を走った。
 物足りない、と思った。もっと激しく貫いて欲しい、と思った。
 私は自分からお尻を動かして、少佐にこすりつけた。
「はぁ、はぁ、ああ、ああっ、ん、んくっ、あ、ああ!!」
「米田、大神と比べものにならんだろ、ええ?」
 事実そうだった。
 米田司令は、お酒の飲み過ぎで最近めっきり弱くなっていたし、大神君は花組の毎夜の夜襲で参っているようだった。
「あ、ああ、こ、こんなのっ!!」
「・・・エロイム、エッサイム、我は望まん、汝に宿りし、降魔よ、目を覚ませ、エロイム、メッサイム、時は来たらん・・・」
 少佐の詠唱のような呪文を呟く声が聞こえてきた。
 同時に突きが再開された。少佐の膨張しきったそれが、たちまち私の体内を充たし、強烈な快感を与えていく。
 めまいのような快楽。背徳感。そして昔を懐かしんでいた私を一気に過去に押し戻すのだった。 
 火花が脳裏で散った。
「あ~、す、すご、すごいっ、いい、いい、ああ、死んじゃう、ああ!!」
 絶叫が袋小路にこだました。わんわんと叫びは反響し、次第に小さくなっていくが、快感は反比例して大きくなった。
 少佐の行為が私を痺れさせた。
 私の女が哭いた。
 少佐が私を蕩けさせた、たぶらかした。
 女という性が、歓喜した。燃えていた。
・・・ああ、だめ、も、もう・・・だめ・・・
 僅かに残った理性のかけらが、考えていた。

 何故、山崎真之介が私の前に現れたか、を。
 何故、葵叉丹として現れたのかを。
 何故、私を抱きながら、呪文を唱えたのかを。
 私の中に、何がいるのか、を。

「時は来たらん、あやめ、目を覚ませ!!」
「ん、ん、ん、あん、いくう!!」
 身体が沸騰し、私は何も判らなくなった。ただ、いく、達する、叫び続けていた。
 呪文詠唱が一際高くなり、少佐の体液が注がれた、そう思いながら、意識が暗くなっていった。
 ただ、黒い、舞台の奈落の底に落ちていくように、私は気を失った。

「副司令、副司令!!」
 揺り動かす手を感じた。
「大丈夫ですか、しっかりして下さい!!」
 頭が揺れ、すきんと痛みが走った。
 ようやく目を開けると、徐々に視点が定まっていき、かすみが泣き出しそうな顔で上から私を見ていた。
「・・・うん?」
「ああ、よかった、大丈夫ですか!?」
「・・・ここは?」
 身体を起こそうとして、がちんと頭が何かにぶつかった。
 車の天井だった。
「私、どうしたのかしら?」
「どうした、じゃないですよ!探していたら、そこの路地で倒れていたので、やっとの思いで車に運んだんです。」
 言いながら、かすみは目から涙をこぼした。頬を伝うそのしずくが美しい、ぼんやりとしながら思った。
「ね、叉丹、葵叉丹は!?」
「?・・・副司令、お1人でしたよ?」
 慌てて自分の身体を見るが、外套も軍服もその下も異常はなかった。
「最近、黒之巣会の暗躍が激しいから、お疲れだったんですよ。あ、もう大丈夫ですか、車出して、早く劇場に帰りましょう。」
 そう言って、かすみは私を後部座席に置いて、運転席に戻り、車を出させた。
 たちまち、相変わらず強く冷たい雨が窓を叩き出していた。
・・・違う、夢じゃない・・・
 あの快感が夢である訳がない。
 流行歌を口ずさむかすみの頭を見ながら、そう思った。
 なぜなら、下半身が強く疼いているから。
 じっとりと湿っているから。
 山﨑真之介こと葵叉丹が私に刻んだ痕跡が、身体の奥に残っているから。
「ああ・・・」
 ため息が洩れた。
 そして、早く大神君に抱いて欲しいと思った。

(了)

亭主後述・・・

 

ゲームとアニメがごっちゃごちゃ。山崎が少佐なのがアニメですな。でもアニメではあやめは「変身」しません。(笑)
前作(愛奴な・・・)のご感想で、あやめさんをもっと書け、というのがあったので、久々に書いてみました。
折笠さん、いいよな~早くサクラ2買わないと、お店になくなっちゃう!従って、かえでさんはまだ知らないのです。
「帝劇の一番長い日」では、こいこいに勝てず、殺意すら覚えた記憶があります。(笑)
何やらDC最終作の4とか、劇場版が話題を振り巻いていますが、やっぱり神埼すみれ引退が気にかかる~
ああ、私は、マリアとすみれが命なんですよう。(爆)
つう訳で、お正月公演に行って参ります。ああ、きっと涙に暮れるんだろうなあ。
それから呪文。詳しい方はご存知でしょうが、ウソです。山田風太郎さんの「魔界転生」をパクってます。
よかったら、ご感想下さいまし。