I heard the rumour【噂】 ~To Heart~

 梅雨のジメジメした空気が嫌いだった。ジットリとした汗が、身体を妙に重くさせるからだ。

 

 同じ年頃の少女がよく持っている、特有の潔癖性ではない。

 私は、他人に言われるほど善良でもなければ、清潔でもない。妬み、嫉み、そんな人間らしい誰でもある感情を持っている。

 簡単に言えば、狭くて、ズルくて、狡猾なのだ。そして、秘めた感情をできるだけ表さないように心掛けているのだ。これすべて、所属する伝統派空手道の教えでもあった。

 

「ヤアーッ!」

 渾身の右正拳が空を切った。

 それは、澱んでいるネガティヴな気持ちを吹き飛ばすはずだった。

 でも、でも……

 

 変な噂が耳に入っていた。

 

 格闘技同好会を旗揚げした(所属メンバーはたったの二人だが)葵のことだ。

 私の説得を振り切って空手部にも入らず、こともあろうか、綾香と同じエクストリーム出場を目指すというのだ。果し合いに負けた私の出る幕ではないのだが、それなりに葵が鍛錬を積むのなら、と自分を納得させたつもりだった。

 

 ところが、聞いた話は違った。

 

 最近は練習にも身が入っておらず、真面目にクラブ活動(この場合は同好会活動か?)をしていない、という。

「葵が? まさか。あの娘は私にも勝ったのよ。日頃から自己流でも訓練を」

「でも、ね?」

「ねー」

 葵と同学年の後輩達は、顔を見合わせてクスクスと笑った。

「何ですって? あなた達、何を笑ってるの!」

 叱ると、後輩達は慌ててお辞儀をしてから逃げ出した。

 

「真面目な葵に限って」

 でも打ち消しても打ち消しても、心に湧いた黒い疑念は消えようとはしない。むしろムクムクと育っていくばかりである。

 

「えいっ!」

 回し蹴りを放って疑惑の念を払おうとしたが、心の隅に追いやっても追いやっても、あらぬ妄想は一向に消えようとはしなかった。

 決心した。

 晴れない心をすっきりさせるために、久しぶりに格闘技同好会の練習場所を訪れてみることにした。

 

 私は見た。

 

 葵は練習などしていなかった。エクストリームに向けて、鍛えているのではなかった。

 私との約束、そして綾香との誓いを守っているのではなかった。

 それどころか、お堂の中で……

 

 サンドバッグは風に揺れるだけで、周りに人の気配がないのはどうしたことだろう?

 スポーツバッグやタオルが置いてあるところから考えて、今日格闘技同好会の練習があることは間違いない。

 休憩タイムかしらと思案しながら、ぬかるんだ地面と格闘しつつ、お堂の方に向かった。

 古びた神社はちょっとしたデートスポットになっていて、いかがわしい場所としては有名だった。しかし葵が、例の藤田浩之と活動するようになってから、そういった連中の足は遠ざかっているはずだ。

 どっちにしろ、空手に打ち込む私とは無縁の話である。そして葵にも無縁のはずであった。そう、はずだったのだ。

 

 噂は本当だった。

 

 息を呑んだ私がそこで見たものは、藤田によって串刺しにされてしまった葵の姿。体操着のまま、下から突き上げられる葵の姿。

 赤いブルマと白い下着が右膝に引っ掛かって、それはぶらぶら揺れ、腰をまるで藤田に打ちつけるように動かしている。まだ薄くて小さな乳房を揉まれながら、

「あ、ああっ」

 と、今まで聞いたことのないような声を出す葵。

 耳を凝らせば聞こえてくる二人の荒い息遣いと擦れあう性器が作るくちゅくちゅっていやらしい音。そして快楽に呆けて、涙を振り絞る葵の顔。

 瞳が潤んでいるのは、決して悲しいからではないと思った。

「あ、あ、私、私、ああっ!」

 お堂の壁を掴んで、身体を支えながら絶叫する。

「先輩っ! ああ、藤田先輩、せ、せんぱ、ああっ!!」

 歪む葵の顔、潤んだ瞳からしずくがこぼれて涙でいっぱいになる葵の顔、頬を染めて上気した顔。

 快楽に狂って喚き散らす葵の姿。

 

 美しくて、キレイで、ステキで、輝いている、と思った。

 

 空手やってる時より生き生きとする葵の姿をそこに見た。

 

 いつのまにか、私は指をスカートの中に潜り込ませ、汗と汗じゃない何かで濡れている下半身を弄っていた。そう、そこはいつしか汗でない不思議な何かで湿っていた。

 視線は、葵を汚す(そう見えたのだ)藤田の方にいくことはなかった。

 ただただ、葵だけを追っていた。

 昂ぶっていく葵だけを見つめ、追いかけ、そのくせ人差し指と中指は、とめどなく溢れ出す泉の中にずぶずぶと入っていく。そこは濡れ、潤み、そして湧いていくのだった。

 私は指で探りながら、心の中で呟いていた。

 

……葵、葵、葵!!……

 

 と、心の中で叫んでいた。

 

……キレイだよ、葵、とってもキレイだよぉ!!……

 

 藤田と葵の行為はずっと続いた。

 

 壁に手をついて後ろから犯される葵。

 藤田に跨って腰を振る葵。

 そこから、寝そべって泣きながら悶える葵。

 

 いずれも美しく淫らなのだった。

 一方的にされているのではない、と判っていた。時々、唇を重ね合うことからそれが知れた。葵からも、

「キスして下さい、キスしてっ、先輩!」

 と求めていく。

 だから私はそれを観察し続けた。指で自分を慰めながらそれを見続けた。

「先輩、あ、先輩、ダメです、私、私、あ、もう、もういくぅ!!」

 見ながら私も、

「あ、あ、葵、私もいく、いくっ!」

 快感の頂点を極めて、私も果てた。まるで葵とシンクロするように。

 

「好恵先輩」

 と放課後、教室にやってきたのが当の葵だった。彼女は二年生の教室に入るのが億劫らしく、私のクラスメートに坂下先輩はいますか、と聞いていた。

 葵らしい行動だと思ったが、私は知らんぷりで教科書とノートを鞄に詰め込んでいた。

「坂下、後輩がきてるよ」

 クラスメートに言われて、私は仕方なく気づいた素振りを見せた。

「あら、葵」

「好恵先輩、あの」

「教室に入ってよ」

「いえ、ここで」

「あなたがこないなら、私からいくわ」

 本当は嬉しかったのだが、上級生として余裕を見せようと思った。

「どうしたの、何の用事」

「ええと、あの」

 目を伏せた葵は口ごもっている。何だか切り出しにくそうな感じだ。ひょっとして空手部に入りたい、とかそういう相談かもしれないとたかをくくった。

 この時、頭の中から藤田浩之と葵の関係のことはスッパリ消えていた。

「この間のこと、誰にも言わないでくれますか?」

「この間のこと?」

 眉をひそめて葵の顔を見る。一瞬こちらを見て、また彼女は下を向いてしまった。

 小さくて、子猫のように愛くるしい身体つきである。

「そ、そうです。あんなの、みんなに知られたら、私、困るんです」

 困るんです、と聞いてようやく合点がいった。途端に顔が赤面してしまった。

 

 葵は、私が盗み見していたことに気づいていたのだ!

 葵は知っているのだ!

 

「あ、葵!」

「困るんです、私。みんなに知られたくないんです」

「……」

 懸命な、そして訴えるような眼差しである。そして背伸びをして、

「気づいたの、私だけです。あそこに好恵先輩がいたこと、藤田先輩は知りません」

 耳たぶに葵の暖かい息が掛かり、背中にゾクゾクとするものが走る。それは言い知れない快感だった。

 もっとそこにいて欲しいと思いつつ、小さな身体を力いっぱい抱きしめたいと思いつつ、

「いつからなの?」

 と問うた。

「藤田先輩とですか?」

 頬を赤らめてはにかんだ表情で、

「もうすぐ一ヶ月になります」

 悪びれずに答えるのだった。

「他の人に言う訳ないでしょ! あんな恥知らずなこと!!」

「あ、声が大きいです」

「うっ」

「じゃ、お願いします。失礼します」

 ぺこりと頭を下げて葵は立ち去った。

 残された私は、身体のうちから込み上げてくる怒りと悲しみに震えて立ち尽くすのだった。

 

 その日の部活はとうとうサボってしまった。藤田と葵に、一言文句が言いたいと思ったのだ。

 

 噂を信じたくはない。信じたくないの。

 ウソ、って言って、お願い、ウソだとこの私に。

 ね、葵、ウソなんでしょ?!

 

 山道を登って神社に辿り着く。辺りを見回しても、この間と同じで二人の姿はどこにも見当たらなかった。

 もしかして、と思った。

 足音をできるだけ殺して、近づいていく。

 不思議と胸の鼓動が大きくなり、ドキドキしていく感じを高まっていく。二人の愛し合う姿を見たい自分を感じながら、それでいて見たくない自分を感じながら、足を進めた。

 

……葵、どこ、どこにいるの、まさかもう藤田と、ね、葵!……

 

 手のひらに、制服の内側に、身体中に、私は汗びっしょりになりながら、探していく。やはり例のお堂の中で、噂の二人を見つけた。

 もう間違いなかった。この間見た光景と同じで、錯覚でも幻でもなく、葵は藤田に抱かれていた。

「あっ、あっ、あ、せ、先輩」

 苦悶するような声。そしてすぐに唇を塞がれ夢中になって吸い返す、華奢で細い手を伸ばして背中を抱く。壁を掴みきれず空をもがいて、結局は藤田の身体で自分を支えることになる。

「あっ、気持ち、いい、いいです、先輩!」

 藤田は突然葵を立ち上がらせ、不審がる彼女の股間に顔を埋めた。

「きた、汚いのに、あ、あ」

 わずかな抵抗を示した後、潔癖症の少女は途切れ途切れのかすれ声になる。猫がミルクを舐めるような音が聞こえてきて、葵の下半身は痙攣していくのだった。

 そして震えているのは、この私、坂下好恵も同じだった。

 

 葵の感じる顔、真っ赤な頬、快楽を感じて流す涙、洩れ出す可愛い哭き声、美しいラインを描く太腿、オープンフィンガーグローブから覗く小さな指。

 

 葵のすべては、私のもの。私のすべては葵のもの。

 

……でも、葵の心は藤田に向いている……なぜ、どうして?

 

 すべてを眺めながら、股間を舐められて喘ぎ悦ぶ葵を見ながら、私は自分を慰めていた。

 

 くちゅくちゅ、恥ずかしい音を立てて。ともすれば、声を出してしまいそうになるのを必死に抑えて。

 葵の快感は私の快感だから、一時も目を離さず、ひたすらに彼女を見つめて、指を動かすだけなのだ。私の泉はすでにあふれている。そう、とっくに。

 喘いでいる葵を見るのがイヤなのに、腹が立つのに、でもそれが密やかな愉しみ。私の愉しみなのだ。

 

……イヤなはずなのに、でも嬉しい、葵を見るのが愉しみ!

 

 藤田が立ち上がった。そして葵を座らせて、腰を突き出すと、

「口でしてくれる、葵ちゃん?」

 返事もなく、ずるずると崩れた葵は座り込んで無言のまま、コクとうなづいた。

 両手で慈しむかのように、藤田の醜い、そう文字通り醜悪で、映画のエイリアンの頭部のような股間に顔を近づけていく。

 ピンク色に染まった顔は至福の表情。私には気持ち悪い以外の何者にも見えない、藤田のそれへ抵抗なく頬を寄せるのだった。

 愛しそうに頬ずりをする姿に、私は悲鳴を上げそうになった。

 

……やめて、葵、そんなものを!!

 

 心の中で叫んでも、それは無駄だった。葵は、むしろ自ら進んで口を開けて、藤田のそれを飲み込んでいくばかりである。

「ん、ん、ん」

「あ、溶けそうだよ」

「んっ、んっ、ここですか、ここが気持ちいいですか?」

「うん、そこ」

 卑猥で耳を塞ぎたくなるような会話だ。でも、私は聞き続けずにはいられなかった。

 目を閉じ、時々反応を確かめるために眼を開けて、また閉じる。熱心に、一生懸命に口の中のものを味わっている。

 私はそんな葵を眺めて、倒錯的な感情になっているのだった。

 

 大切な葵が、私の葵が、あんなに汚れたことをしている、神聖な葵が汚されてしまっている。

 目の前で、こんなに近い距離で、あんなことを。

 

 やがて唇からの刺激に耐えられなくなった藤田は、葵を引き寄せた。キスをしてから小さな身体の下になって、

「上になって」

「あ、はい」

 ゆっくりと腰を落としていきながら、突然葵がビクリと全身を震わせた。

「あ、は、は、入りましたっ!」

 私の視線にすべてをさらけ出して、体操服と赤いブルマが激しく揺れ動いている。結合部はよくは見えなかったが、濡れ光っていることに間違いないはずだと思った。

 そのまま下の藤田に抱きつき、

「お、お、お、奥まで」

「ん?」

「入ってます、あ、ああっ」

 お尻を持って藤田が強く揺さぶった。たまらず、上を葵が向くと、

「おっぱいも触ってあげるね」

 ほとんど膨らみのない乳房でも、藤田に揉まれれば感じるらしい。可愛らしい声がその証拠である。

「先輩、先輩、せ、あ、ああ、せんぱ、い」

 自ら腰を押しつけるように振る葵の方が、男の様でもあった。

 反対に下から突き上げる藤田は、冷静に乳首を弄んだり、再びお尻を揺らす。葵の荒い息と抽送のテンポが次第に速くなっていく。

 

 惨めにもそれを見つめるだけの、そう、傍観者に過ぎない私でさえも、二人の愉しみと快感は伝染していた。だから視界の中には、二人のセックスだけしか映らないでいた、見えないでいた。

 それでいい、と思った。仕方がないと思った。

 

 どうせ届かない想いなら、私は葵の観察者でいようと思った。彼女の忠実かつ熱烈な崇拝者でいようと思った。

 道ならぬ恋に身を焦がして、崇拝の対象たる偶像の痴態を見ながら、更に激しく恋焦がれていくのだ。身体の奥を濡らして指で探りながら、絶望的な想いに浸りながら、それでもどこか安堵しながら。

 

「あ、ああっ、ああ! 先輩、いく、いくぅ!!」

 葵のエクスタシーが私の絶頂であり、悦びであった。彼女の昂ぶりが私を熱くさせ、切なくさせるのだった。

 だから、葵がいくのと同時に私もいった。達していた。本当にシンクロして達した。この瞬間、私達は(もちろん藤田を除いて、だ)同じ時を、同じ快楽を共有したのである。

 

……私もいく、いくの、あなたと一緒に、ああ!!

 

 言葉にならない声で叫んでいた。後は意識を真っ白にさせながら、心地いい疲労に身を委ねるだけである。

 

 とはいえ、私は薄汚い覗きであることに間違いなかった。二人にばれないように、急いでその場を立ち去った。

 手に付着していた自分自身の、いやらしくも恥ずかしく、そして情けないことこの上ない分泌物を学校の水道で洗い流した時、涙があふれてきた。

 それは拭いても拭いても止まらず、なかなか私を下校させてくれないのだった。

 

 以来、神社で二人のセックスを覗き見するのが私の日課になった。二人が私に気づいているかどうか、それは判らなかったし、知ろうとも思わなかった。

 藤田に抱かれる葵を盗み見しながら、私も達するのが常である。例えようもない至福なのだった。

 またこの観察の間は、私の夢見る時間でもあった。空想の中では、葵の相手は疑うこともなく私、坂下好恵なのである。

 

……葵、あなたの裸、とってもきれい。もっとよく見せなさい

 

 頬を染めた葵が、恥ずかしそうにイヤイヤをする。構わず私は唇をつけて、無垢な彼女の首筋にくちづけを。

「あっ、あっ」

 

……好恵って呼んで、私をそう呼んで!

 

 短く言って、またくちづけすることに夢中になる私。細い身体を抱きしめ、敏感な反応を味わうのである。

 葵の股間に手をやって、すでに濡れているのを確認した。

 

……こんなになっちゃってるじゃない?

 

「坂下先輩、じゃなくて、好恵さぁん、好恵さぁん」

 必死になって抱きついてくる細い身体を、すがりついてくる身体を、今度は私が抱きしめ返す。

「ああ、好恵さん、私、私っ!」

 

……ええ、判ってる、判ってるの。葵、あなたの気持ち、とっくに気づいてた。だから何も言わなくていいの

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、好恵さん、好きです、好きなんですっ!!」

 謝りながら、葵は言い訳と告白を口にしようとした。それをキスで塞ぎ、続けられないようにした。

 

……いいの、もう何も言わないで

 

 火照る身体を重ねて、擦りあって、舌を絡めて、それだけで訪れる快楽に身を委ねる。

 

 溺れる、溺れる、溺れていく。そして堕ちていく。

 葵と肌を重ねる夢を見て、私はひたすらに濡れる股間を指で掻き回すのだった。

 

 そんな私の向こうで、藤田浩之に足の間を舐められる葵が、大声で悶え狂っていた。

 

(了)

 

亭主後述・・・

いやいや大変遅くなりました。2月に200万ヒットキリ番getされたDr.ZEROさんのリクエストです。

お題は、浩之×葵(又は葵&坂下)はH濃いめ、格闘色薄めでお願いします、というものでした。

どうでしょう、格闘色が薄めなのは自信ありますが、Hは濃いめになりましたかしらん?

 

ドキドキ……

 

さて、こんなに遅くなってしまったことについては、本当に申し訳ありませんでした。

Dr.ZEROさん、ごめんなさい。

言い訳は……いろいろありますが、まずは坂下を忘れていたため、遊び直す必要があったということがあります。

後はもう何も言いません。

Dr.ZEROさん、お楽しみ頂ければ嬉しいです。

なお、タイトルはバナナラマさん(笑&古)の往年の大ヒットユーロビートナンバーから。